よくあるM資金詐欺か、それとも……。
JR上野駅と昭和通りのあいだの一角に一棟の雑居ビルがある。7階でエレベーターを降りると、プレートのかかっていないドアがあり、それを開けると、応接セットが置かれただけの殺風景な部屋がある。ソファーに座っているのは、国重信親(仮名)という紳士だ。
「ようこそおいでいただきました」
国重氏がそう言って名前しか記入されていない名刺を出すと、訪問者は恭しく受け取る。
「具体的な話の前に、この資金の基本を少々お伝えしなければなりません。ここに系図があります」
国重氏が百科事典ほどの厚さの本をめくると、そこには細かい字で系図が書き込まれている。
「資金はこの家に脈々と積まれているものの一部です」
西のなまりを感じさせる声で国重氏はよどみなく話す。
「それで、どのくらいの金額をお望みですか? 岩田さんからは『5くらい』と聞いていますが」
こうして話は進んでいく。この部屋でおこなわれているのは、国重氏による「面接」だ。
資金の源は、国重氏の言葉を借りるならば某宮家。国重氏は、某宮家に眠る資金の管理者で、提供する資金の単位は兆。「5くらい」というのは5兆円のことで、それだけの額が、この面接に合格すれば即座に提供されるというのだ。
資金希望者がこの上野のビルに行き着くまでには、いくつかの関門をくぐらなければならない。第1段階は、ある人物から、資金の存在を耳打ちされること。ある人物とは青山浩次郎(仮名)といい、日本を代表する巨大商社の米国法人で副社長を務め、現在は経営者を集めた勉強会を主宰している。
青山氏は、資金の存在を耳打ちした相手を、古巣の商社に連れていき、皇居を見下ろせる一室で、資金の由来を縷々説明する。
そこで話に興味を示し、資金を希望した者は、「確約書」の提出を求められる。《資金者殿(1行開あけて)この資金をお受けいたします》という短い一文と、個人の名刺を貼り付けるスペースがある簡単なものである。
この確約書は、青山氏から、江藤聡(仮名)なる人物に渡される。しばらくして江藤氏から青山氏に「1次面接」の場所と日時が伝えられ、青山氏から資金希望者にそれが伝えられる。
1次面接をするのは、岩田宏(仮名)という人物だ。この人は東日本復興特別支援機構(同)という一般社団法人の代表理事という肩書きを持っている。小沢征二氏を彷彿とさせる長く潤沢な白髪の岩田氏は、民間史学家として大学教授顔負けの該博な知識の持ち主だという。
岩田氏の面接はホテルのラウンジなどでおこなわれる。資金希望者はそこで希望金額を申告し、合格するといよいよ最終面接だ。岩田氏に伴われ、上野の雑居ビルのエレベーターに乗るのである。
岩田氏は7階まで案内するだけで、資金希望者は一人で目の前のドアをノックし、部屋に入る……。
ところで、この資金提供を受けるためには、厳しい条件がある。それは資本金350億円以上の上場企業の代表権を有していること。つまり、上野の雑居ビルを訪れたのは相当な大企業の経営者なのだ。(後略)