記事(一部抜粋):2013年2月号掲載

政 治

安倍政権の経済政策は、金融○、財政△、産業×

【霞が関コンフィデンシャル】

 政策を評価する際の重要な指標の一つが「国際標準」である。安倍政権の経済政策は、金融政策、財政政策、産業政策の三本柱で成り立っているが、これらを「国際標準」によって検証してみよう。
 まず金融政策だが、金融緩和の拡大とインフレ目標の設定を掲げた点を評価したい。これは世界各国が採用している「当たり前」の政策だ。
(中略)
 日銀は、これまで否定してきたインフレ目標を一転して採用する方向に舵を切った。このように政策の方向性が大きく変わることをレジーム・チェンジ(政策体制大転換)という。
 レジーム・チェンジの方向が定まると、役人、マスコミ、御用学者はその方向に向かって動き出す。変わり身の早さの順番は役人(日銀官僚を含む)、マスコミ、御用学者だ。
 昨年12月20日の日銀政策決定会合で「1月22日の会合でインフレ目標を検討する」と予告したのは、レジーム・チェンジに向け準備期間を設けたということだ。この間に、安倍叩きで有名な某新聞が安倍氏と手打ちしたという噂が広まったのは、マスコミの変わり身の早さを示す好例だろう。
 ただし、すぐには変われない人たちもいる。メディアの中にもまだレジーム・チェンジが起きているのを理解できない人がいるようで、例えば「インフレ目標を設定するとハイパーインフレになる」という主張がいまだに聞かれる。
 ハイパーインフレとは経済学的には年率1万3000%以上のインフレのことだが、そこまで極端でないにしろ、ほかのどのような定義でも年率30%以上のインフレのことを言う。
 それに対し安倍政権が目指すインフレ目標は2%だ。「マイナス1%のインフレ率を2%にしようとするとハイパーインフレ(30%以上)になる」という主張は、誰がどう考えてもおかしい。2%のインフレ目標は多くの先進国で採用されている「国際標準」だが、これまでハイパーインフレになった国はない。
 「インフレ目標を設定すると日銀が無制限に国債を買うので財政規律がくずれる」という人がいるが、これは「無制限」の意味を曲解している。安倍首相が言った「無制限」は「2%のインフレ目標を達成するまでは無制限」の意味で、海外ではよく使われる表現だ。
 国債の購入量には自ずと限界がある。インフレ目標2%は、それ自体が財政規律になっている、ということもできる。2二%のインフレ目標を採用して財政規律が失われた国は世界中のどこにもない。
 「インフレ目標を設定すると際限のない通貨安戦争になる」という人もいる。しかし最近の研究では、インフレ目標があると通貨安になってもそれが歯止めになり、各国がインフレ目標の下で金融政策を実施すれば自国にも世界経済にもプラスになるといわれている。インフレ目標を2%に設定している先進国で、「際限のない通貨安戦争」は起きていない。むしろインフレ目標を設定しない金融政策で通貨安になったら、「際限がなくなる」と諸外国から強烈な批判を浴びるだろう。
 一部のマスコミによるインフレ目標についてのおかしな報道は、日銀人事と密接に関係している。
 3月18日に山口廣秀、西村清彦の両副総裁、4月8日に白川方明総裁の任期が切れる。3月上旬に新総裁・副総裁の人事案が国会に提示されると予想されるが、現在、この3つのポストをめぐり、財務省、日銀、学界の三つ巴の戦いが演じられている。序盤は学界が優勢で、それに危機感をもった日銀と財務省が、巻き返しを狙って安倍政権の金融政策に難癖をつけている。それがインフレ目標についての勘違い報道につながっているのだろう。
 日銀総裁候補の条件として、安倍首相は「大胆な金融緩和を実行できる人」、麻生太郎財務相は「語学力、組織運営の経験、健康」としている。
 日銀法では、審議委員は《経済又は金融に関して高い識見を有する者、その他の学識経験のある者のうちから、両議院の同意を得て、内閣が任命する》(23条2項)と規定されているが、総裁及び副総裁は《両議院の同意を得て、内閣が任命する》とされているだけで、条件は特にない。
 ただし、先進各国の中央銀行総裁は、英語を話せて博士号を持っているのが常識。そのうえ大組織である中央銀行を束ねなければならないのだから、日銀総裁の条件をあげるなら、「大胆な金融緩和を実行できること」「語学力、組織運営の経験、博士号」ということになろうか。
 またレジーム・チェンジを印象づけるためには、過去の日銀の失敗を認める人でなければいけない。失敗に終わった2000年代の日銀の政策に関与した人は、安倍政権下の日銀総裁として相応しくない。ついでにいうと、日銀の政策決定会合のメンバーは、国際的に見ると学歴が低く、本当の専門家が少ない。
 日銀総裁人事というと、財務省出身かどうかが議論されることが多い。今回も「日銀プロパーと財務省OBのたすき掛け人事が復活か」と話題になっている。しかし、上記の条件さえ満たし、また成果を出してくれるのであれば出身母体にこだわる必要はない。
 6月30日に任期が終わるイングランド銀行(中央銀行)のキング総裁の後任には、カーニー・カナダ銀行(同)総裁が内定した。英国にはインフレ目標があるので、中央銀行の総裁が外国人であっても何ら問題はないのだ。また、カナダにもインフレ目標があるので、カーニー氏の実績が正しく評価されたのだろう。
 日本でも、重要なのはインフレ目標だ。日銀法を改正し、しっかりした目標とともに達成期限や、達成できなかった場合の責任の取り方についての仕組みを導入することのほうが、誰を総裁にするかよりもよほど重要だ。日銀法に基づいて、政府がインフレ目標を定め、説明責任を明確化すれば、個々の人選が大きく取りざたされることはなくなるだろう。(後略)

 

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