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次期総選挙で大敗が決定的な民主党の代表選よりも、第1党への返り咲きが濃厚な自民党の総裁選のほうがよほど活気があった。次の総理に一番近いのが自民党の新総裁なのだから、それも当然だろう。親分の谷垣禎一総裁を追い落として自ら総裁候補に踊り出た石原伸晃幹事長が「平成の明智光秀」といわれるなど、人間模様としても面白かった。
自民党総裁選に立候補したのは、安倍晋三元首相(57)、石破茂前政調会長(55)、町村信孝元官房長官(67)、石原伸晃幹事長(55)、林芳正政調会長代理(51)の5人。総裁選の投開票がおこなわれるのは本誌発売の直前で本稿執筆時点で新総裁は決まっていないが、ここでは各候補の経済政策にスポットを当てながら、「自民党政権下」の日本経済を占っておこう
基本的に5人の候補者の間に、大きな政策の違いはないのだが、経済政策では微妙な違いがある。
まず安倍氏。日本経済にとって最大の課題である「デフレ脱却」に関連して「日銀法改正」を主張するなど、候補の中では一番マトモな考えを持っている。
中央銀行の独立性について、マスコミは「目標」と「手段」の独立性を混同しがちだが、安倍氏はキチンと理解しているようで、次のように主張している。
「政府と日銀の政策目標は同じであるべきだ。ただし、そのための手段は日銀が自由に使う」「日銀の使命は『物価の安定』ということになっているが、他の国の中央銀行には『雇用の最大化』も入っている。日銀もそういうことも考えていくべきだ」
消費税増税についても安倍氏は「デフレ脱却」を条件としており、これも妥当な主張である。
次に石破氏。この人は安全保障問題には強いが、経済政策については、自ら認めているように弱い。与謝野馨・前経済財政担当相に経済政策を依存してきたため、官僚依存が強く、財務省や日銀の主張をそのまま認めている。増税指向で、デフレ脱却には消極的だ。
ブルームバーグのインタビューでも「金融緩和は必要で日銀法改正もいいが、インフレにしようとは思わない」とデフレ容認の姿勢をみせていた。
町村氏は元経産官僚だが、古いタイプの「産業政策」指向から抜け出せないのか、マクロ経済にはほとんど関心がない。3党合意による増税路線の強力な支持者だ。
石原氏はロイターのインタビューで自身を「金融財政のスペシャリスト」と称したが、「為替政策がデフレに一番効くことは誰もが分かっている」と発言した時点で早くも化けの皮がはがれた。日銀の外債購入を「周回遅れ」と断じたのも、為替政策や金融政策を全く理解していないことの証拠だ。
日銀の外債購入は、需給関係に影響を及ぼすので為替に直接効果があるのはもちろん、日銀のマネタリーベースの増加につながり、円安にするには即効性のある政策だ。石原氏がそれを否定したのは、為替介入権限を持つ財務省に言い含められたからだろう。3党合意を主張し、増税路線を継承するのも財務省の意向。所詮は財政、金融とも財務省のいいなりなのに「スペシャリスト」とは片腹痛い。
林氏は、若く理解力もあるが、あまりに器用なためか経済政策の方向感がいまひとつはっきりしない。基本的には石破氏と同じ方向で、石破氏はしばしば林氏から経済政策に関するアドバイスを受けている。
日本の政治家は総じて経済に弱く、景気対策というと、一つ覚えのようにバラマキ公共投資を主張する人がいまだに多い。しかし世界のどの国でも、景気対策の主力は金融政策である。
経済危機に陥っているユーロでは、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が9月6日、ユーロ圏諸国の国債買い入れプログラムを発表。償還期間が1〜3年の国債を無制限に購入する用意があると述べ、「ユーロ防衛のためにあらゆる措置を取る」姿勢を改めて示した。
米連邦準備理事会(FRB)も、9月13日の連邦公開市場委員会(FOMC)声明で、量的緩和第3弾(QE3)の実施を発表。住宅ローン担保証券(MBS)を月額400億ドル買い入れ、労働市場の見通しが大幅に改善するまで資産買い入れを継続する方針を打ち出している。
公共投資のほうが景気に効くと思い込んでいる政治家は、不勉強というしかない。変動相場制下の景気対策としては金融政策のほうが財政政策より優れているのは、「マンデル=フレミング理論」として、先進国の大学生ならみな知っていることだ。学生たちは、金融政策が雇用政策になることも教えられる。今回、FRBがQE3の実施を決めたのも、雇用の確保が目的だ。しかしこうした話も、雇用なら厚生省と短絡的に考える日本の政治家には理解不能らしい。(後略)