連 載
【狙われるシルバー世代】山岡 俊介
信用と公益性、社会貢献を謳う「医療機関債」に御用心
リフォーム詐欺、オレオレ詐欺、未株屋――。手を替え品を替え、高齢者の資産を狙う詐欺師たちの間で、最近、「医療機関債」なるものが新たな道具として使われ始めた。
この医療機関債、一定の資産を持つと思われる高齢者に電話をかけまくり、相手がわずかでも隙をみせようものなら自宅に出向いて上がり込み、ターゲットが根負けするまで居座って売りつけるという基本スタイルは、従来の詐欺と変わらない。
目新しいのは、医療機関を謳うことで「信用」と「公益性」を印象づけているところ。さらに、「被災地から避難してきた患者のための透析施設が不足している。そのための施設をつくる資金を集めている」などと東日本大震災をダシに使うのも特徴だ。
従来の詐欺、例えば上場が目前だと偽って未公開株を売りつけたり、有望な企業だと称して社債を売りつけるケースでは、殺し文句は「儲かる」だった。投資すればそれが何割増しかで戻ってくる。うまくいけば2倍、3倍になるかもしれない――。
これに対し、医療機関債が謳うのは年利4%程度。銀行預金に比べれば夢のような利率とはいえ、通常の詐欺商品に比べれば微々たるものだ。
逆にいうと、この程度の方が現実味がある。これに病院の信用と公益性、さらには被災者支援という「社会貢献」まで加味されるのだから、人の良い高齢者がコロっと騙されてしまうのも無理はないのかもしれない。
医療法人社団「真匡会」(東京都新宿区大久保2丁目)が、医療機関債(1口50万円、2口以上)を、高齢者を中心に販売していた問題が最近、マスコミでも大きく取り上げられた。同法人の経営する唯一の透析専門病院「戸山公園クリニック」(同住所)が今年5月末に閉院したことで騒ぎが大きくなった。
取材した記者が解説する。
「真匡会は昨年4月から医療機関債の販売を始め、これまでに約380人から総額約11億円を集めたようです。しかし、販売にあたってリスクを説明してなかったことや、強引な勧誘をしていることが昨年の時点で判明、そのため同法人は昨年10月以降、新たな債権を発行しないとホームページで明らかにしていたにもかかわらず、実際はその後も勧誘していたことがわかりました。悪質と見た消費者庁が、消費者安全法に基づき、今年1月に法人名を公表していたのです」
そして今回のクリニック閉鎖により、新聞沙汰になったというわけだ。
(中略)
消費者庁が公表した(今年1月20日)資料から、相談事例を2つ見てみよう。
【事例1】電話で「医療機関が監督官庁に許可を得て医療機関債を発行している。人工透析できる医療機関が不足しているので、増やすための資金を集めている」と勧誘された。断ったが、後日、自宅に来られ、断りきれず4口=200万円分購入した。業者から渡された資料を後になって見てみると、「医療機関債は金銭消費貸借契約である」となっており話が違う。怪しいので申し込みを取り消したい(11年5月受付。70代女性。無職。群馬県)。
【事例2】介護ヘルパーからの相談。軽度の認知症の顧客が、医療機関債を購入するため銀行から300万円引き出していると連絡があり駆けつけた。営業マンが同行していた。顧客に「契約は慎重に」と促したが、結局、意思を変えなかった。後で顧客に聞くと「貯金のようなものと説明された」とのことで契約内容を理解していなかった。クーリングオフを勧めたいがどのように説明したらいいか(11年6月受付。80代男性。職業不詳。和歌山県)。
読者はおそらく「医療法人がなぜこんな詐欺紛いのことをするのだろう」と疑問に思われたことだろう。無理もない。これには実はこんなカラクリがあった。
真匡会を例にとると、医療機関債の購入を働きかける「営業活動」を実際におこなっていたのは、病院の職員ではなく、まったくの別法人である「共同医療事務センター」(東京都新宿区新宿1丁目)という株式会社だった。同社が設立されたのは昨年2月で、資本金はわずか100万円。医療機関債を販売するためだけにつくった会社のようで、現在、登記された住所に会社は存在しない。
一方の真匡会は、医療機関債の営業を始める少し前に理事長が交代し、脇坂晟という人物が就任している。脇坂氏は新聞の取材に次のように答えている。
「全国から13億円を集めた。一部は返還したため9億円あるはずだが、通帳には800万円しかないと聞いている」「自分は実務にはまったく携わっていない。3月に辞表を送った(ただし登記上はまだ退任していない)」
脇坂氏は1970年に北海道大学大学院医学研究科を修了。秋田大学医学部城教授を経て90年に杏林大学医学部教授に就任。05年に退官した。遺伝子工学技術の専門家だという。
また、真匡会が唯一開設していた戸山公園クリニックは、医療機関債の販売を始めた昨年4月以前から、ほとんど稼働していなかったようだ。
つまり脇坂氏はお飾りで、病院もほとんど実態がない「ハコ」。正体不明の株式会社が高齢者からカネをむしり取るためのネタに使われた、というのが真相のようだ。
「実は真匡会が医療機関債の販売中止をホームページで告知した後、同会の関係者が今度は山梨県の医療社団法人『みらい会』を名乗り、同様の医療機関債を約1億円販売していたことが明らかになっています。みらい会は05年に医療法人の認可を受けて以降、一度も病院を開設していない『ペーパー医療法人』です」(前出・記者)
実態のない医療機関債を売り歩く正体不明の輩——。彼らはいったい何者なのか。(後略)