(前略)
C 復興政策の遅れは深刻だ。政府は昨年、損保各社に対して、地震保険の早期支払いを求めた。その結果、巨額の地震保険が被災者に支払われた。もちろん、それはいいことだが、後がいけない。復興政策が実行されないから、地震保険がおりても、「よし、家を建て直そう」「事業を再開しよう」という前向きな気持ちにならない。つまり復興の転機にならない。
A 被災者が保険金を元手に復興を目指そうという気にならないから、被災地では地銀に巨額の保険金が流れ込んだままだ。銀行にとって預金は必要だが、コストでもある。資金需要が乏しいのでコストばかりが膨らんでいく。
B 一方、宮城県の仙台ではちょっとしたバブルが発生している。高級腕時計や高級外車が飛ぶように売れ、国分町の歓楽街も客で一杯らしい。
A 全国から集まった復旧作業員が買ったり飲んだりしているといわれているが、被災者もすいぶんカネを使っている。地震保険でまとまったカネを得た人たちが、復興が一向に本格化しないなか、我慢できずに消費に動き出したという面もある。この先、いざ家の建て替えや事業再開をしようというときに困るのではないか。ちょっと心配だ。
C ところで、巨額の保険金を支払った損保に目を転じると、これまた事態が深刻化している。保険金を支払うのは保険会社の役割で、社会的な使命だ。しかし、それが集中してしまうと、保険会社の経営問題につながっていく。
A 去年は東日本大震災に続いてタイの大洪水も発生したから大変だよ。
B タイの洪水は日本企業にも深刻な打撃を与えている。たとえば自動車業界。タイの部品工場が破壊されて操業できなくなったため、自動車生産がままならない。その影響は国内の2次、3次下請企業にも波及している。
C だから損保各社が支払う保険金も巨額になる。すでに今年度の第3四半期決算では、大手損保3グループで4000億円を超す赤字となることが明らかになった。しかし、それですべてということではない。第4四半期にも損失は発生しているはずだからね。
A 誤解を恐れずに言えば、保険会社は厳しい査定をし、支払う保険金をいかに少なくするかが、いってみれば腕の見せ所だ。近年は、険金の不払いが大きな社会問題になったことで、かつてのように保険金が支払われないとか、保険金が少なすぎるといったクレームや批判はずいぶん減ったが、保険金の支払いを抑えることが会社の利益につながるという構造自体は変わっていない。
C 損保の場合は「再保険」という仕組みがあるが、世界的に経済が悪化するなか、再保険市場も厳しくなっている。損保各社の今後の動向には注意が必要だね。
B タイの洪水被害に話を戻すけど、タイに進出する企業が激増するなかで、それら企業に対する保険販売も大きく膨らんでいた。
C ところで、タイに進出している企業の場合、保険の約款はどうなっているんだろう。
A いい着眼点だ(笑)。実はタイで被害を受けた場合の保険金の支払いは、「被害の修復」が前提になっている。つまり「操業の再開」が条件になっている。タイがダメになったのでインドネシアやベトナムに移転するとなったら、約款上、保険金が支払われない可能性があるんだ。
B なるほど、重要なポイントだね。
A タイの洪水は単純な天災ではない。被害が拡大した背景には、下水道のインフラが未整備だったことがある。これを整備しない限り、今回のような大洪水は再び起きるだろう。進出企業にとっては実にやっかいな話だ。
C しかし、再発の恐れがあるからといって、工場や事務所をタイから別の国に移してしまったら、保険金がおりない。本当にやっかいな話だね。
B しかし、洪水リスクの高いタイに留まらないかぎり保険金が下りないという約款は問題じゃないの? 日本経済はいま大変な状況にある。製造業は日本経済の生命線なのに、その製造業の手足を縛ることになる。
A そこで水面下で取りざたされているのが、タイ以外の国に移転したケースでも保険金を支払うよう、超法規的措置を講じる話だ。約款を守るのが正しいビジネスだというのは承知のうえで、ここは一つ、損保会社に泣いてもらおうというわけだ。(後略)