記事(一部抜粋):2011年12月掲載

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【平成考現学】小後遊二

TPPカラ騒ぎ

 TPPをめぐって、あたかも国論を二分するかのような騒ぎになっている。しかし、「ちょっと待ってくれ」と言いたい。そもそもTPPとは何なのか。GATTやWTOの多国間協定でできなかったことの何ができるようになるのか、EPAやFTAの二国間協定ではできないことの何が可能になるのか等々、分からないことだらけだ。ただ一つ明らかなのは、菅直人前首相が米国訪問の際にオバマ大統領から言われて突如浮上した、米国にとっての政治課題であるということだ。
 米国が突然TPP参加に積極的になった背景には、雇用問題を抱えたオバマ政権の選挙対策という側面がある。対アジア輸出を拡大し、米国内の雇用を増やそうというわけだ。しかし過去40年間、米国がこの手の貿易交渉の結果、輸出を拡大し、雇用を増大させたことが果たしてあっただろうか?
 カーター大統領時代、米国は日本にピーナツ輸入の自由化を飲ませたが、増えたのは、米国よりむしろ中国からの輸入だった。千葉県の落花生農家が壊滅状態になったわけでもなく、「八街の落花生」は今もトップブランドの地位を保っている。
 ピーナツ戦争の前には15年以上にわたった日米繊維交渉があった。当時の田中角栄首相が米側の要求を丸飲みするかたちで決着したが、交渉が長引く間に日本の繊維産業は韓国や台湾、さらにインドネシアや中国に流れ、交渉が最終決着した1972年頃には日本の繊維産業は輸出競争力を喪失。結果的に、米国の繊維産業の保護にはつながらなかった。
 その後のテレビ、鉄鋼、自動車、半導体なども同様で、米政府は、日本との交渉は政治的にうまみがある(雇用につながるかもしれないという期待を国民に与える)のでしっかりやるが、次の国が台頭してくる頃には、肝心の米国側の当該産業界が衰退しているというケースがほとんどなのだ。
 もう一つ面白い現象がある。日本が米国に門戸を開放した市場に、米国企業が進軍してきたケースがほとんどないということだ。牛肉の自由化で増えたのは、もっぱらオージービーフだし、「日本の使用量の二〇%を輸入品とする」ことで日米合意した半導体も、進軍してきたのは米国ではなく韓国メーカーだった。つまり米政府は過去四〇年間、「輸入自由化を相手国に飲ませ、米国の景気と雇用を改善する」と米国民に言い続けながら、結局のところ、景気も雇用も改善できたためしがないのだ。
 こうした米国の問題は、門戸を開く役目のUSTRと、門戸開放後を受け持つ商務省の連携がうまくいっていないことに起因している。もっと正確にいうと、商務省や国務省は「貿易を自由化させたところで米国内の景気や雇用は改善しない」と諦めている。
 オバマノミックスによって米国では数百万人の雇用が生まれるはずだった。しかし道路建設などのケインズ政策では、短期的な雇用は伸びても、米国企業の国際競争力がつくわけではない。競争力のある米国のグローバル企業は、世界の最適地で生産し、魅力ある市場で勝負している。「米国内に雇用を創出しよう」などという殊勝な考えは持ち合わせていない。だからこそ、「トップ500社の業績は好調でも米国内の景気は悪い」という二極化が起きているのだ。
 日米がTPPに参加したところで、そうした状況が大きく変わることはないだろう。日本は依然として巨大な政府債務を抱えたままで、米国の雇用も改善せず、世界市場しか見ないグローバル企業の習性も変わらないだろう。
 オバマ大統領にすれば、自分のイニシアチブでTPPが合意され、「米国に数百万の雇用が生まれるだろう!」と選挙期間中にワンフレーズを言うことさえできれば、それで目的を達成したことになる。
 TPP交渉は実体が不明のまま推移するだろうし、米国でさえも選挙の結果によっては熱が冷めるかもしれない。要するにTPPとは、「賞味期限付きの政治テーマ」にすぎないのである。

 

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