(前略)
TPPに対しては案の定、JAなどの農業関係者が猛反発している。反対理由は「安全でない食品が輸入される」だ。
また、TPPは農業分野以外のサービスも対象になるので、医師会も反対している。医療分野への外資系株式会社参入などを警戒しているのだ。医師会の反対理由というか脅し文句は「TPPは国民皆保険制度の崩壊につながる」だ。
TPPには「経済的な側面」と「国際交渉の側面」があり、それぞれに反対論があるが、いずれも誤解に基づいている。
まずは経済的側面での誤解について説明しよう。
「貿易、サービスの自由化が国民経済を豊かにする」というのは古くからある命題だ。この命題に沿えば、日本の国益のためには自由化が望ましい。自由化が望ましいとするロジックは、経済学では、およそ200年かけて実証されてきたもので、世界共有財産ともいえる英知である。
もちろん貿易自由化によってもたらされるマイナスもあるが、長期的にみればプラスのほうが多いことは、経済理論的にわかりきっている。そのことを否定できたら、それこそノーベル賞級の業績となろう。我と思わん者はぜひ学術誌に論文を掲載してくれたまえ。
いま世の中に氾濫している「TPP反対論」は、貿易自由化によって当然生じるマイナス面を強調しているだけで、プラス面には言及していない。しかし経済理論は、マイナス面を補って余りあるプラス面があるという結論を出している。意見が一致することはないと常に揶揄される経済学者だが、貿易自由化が結果としてメリットになるという点では意見が一致している。
(中略)
農林水産省は、TPPで打撃を受ける農業を所管する役所だ。「TPP参加は日本の農家に深刻な被害をもたらす」とマイナス面を主張するのがかれらの役目といえる。そういわないと、農水省の存在そのものが否定されてしまう。
それに、「TPP参加で実際にマイナス効果が発生すれば、いずれ補助金が必要になるはず」という計算も働くので、補助金を多く獲得するためにも、彼らはマイナス面をできるかぎり誇大して主張する。しかし、かつてのコメ開放の際、農水省は五兆円の補助金をせしめたが、結局、コメの競争力は強化されなかった。カネのぶんどりだけでは展望は開けない。
農水省の試算によれば、関税が完全撤廃されると農業生産額は年間4.1兆円減少し、関連産業への影響も含めるとGDPが7.9兆円減少するという。これはおおざっぱにいえば、国内生産者の被害額に対応する数字である。
次に経済産業省。同省はTPPで恩恵を受ける産業界の利益代弁者だ。TPPの効果をできるだけ大きく見積もり、産業界に恩を売っておきたい。恩恵を受ける業界がシンクタンクでもつくってくれれば、自分たちに天下りポストが回ってくるかもしれない。
ということで、同省はTPPに参加すれば輸出額が約八兆円増加し、逆に不参加ならGDPが10.5兆円減少するとの試算を示した。これは、海外での利益額に相当する数字だろう。
最後は内閣府。農水省や経産省のような特定の利権があまりないので、霞が関官庁のなかでは最も包括的な試算をしている。TPP参加はGDPを2.4〜3.2兆円(0.48〜0.65%)押し上げるとの試算を公表している。
これらの数字のうち、農水省のいう国内生産者のデメリット7.9兆円、経産省のいう輸出業者と国内生産者のメリット10.5兆円をそのまま採用すると、ネットのメリットは2.6兆円と、内閣府の試算内におさまる。ただし、経産省のいうとおり輸出業者のメリットが8兆円だとすると、国内消費者のメリットはわずか2.5兆円にしかならない。
政府は、各省庁バラバラな数字を出すのではなく、一刻も早く統一的な数字を出し、TPPのメリットとデメリットを国民に示さないといけない。それなしでは、いくら「交渉への参加であって締結は別問題」といえども、スッキリ感が出てこない。
いずれにせよ、貿易自由化によって生まれるプラスをマイナス分野に再分配して調整するのが政治家の仕事である。うまく調整すれば、国内の誰も損をしない状況をつくることができる。TPPに反対している政治家は、政治家本来の仕事を放棄しているといっていい。
単純な話、プラス面を税金として徴収し、国内生産者に配分すればいい。手法としては戸別農家補償制度でもいい。しかし永久に配分するわけにはいかないので、期限を切って補償するのが望ましい。(後略)