記事(一部抜粋):2011年9月掲載

経 済

「赤いマネー」の勢いは止まらない

狙われる日本の資産と技術

 8月1日、米国ニューヨークのタイムズスクエア二番地の広告塔に、中国国営「新華社」のロゴが映し出された。ビルの壁面自体が巨大なデジタル画面になっているこの広告塔は、時代ごとに、常に最も勢いのある企業を映し出してきた。かつては米GMキャデラックがその地位にあり、ジャパン・アズ・ナンバーワンと喧伝された1980年代には、日本のトヨタ、パナソニック、ソニーが名を連ね、90年代には韓国の現代、LG、サムソンが続いた。そしていま、その地位を中国の国営企業が占めている。
 中国経済の台頭は、いまや世界のあらゆる分野に及んでいる。その力の源泉は、高い経済成長とあり余る外貨準備高だ。その「赤いマネー」の矛先は日本の株式市場にも振り向けられている。 
 昨年夏、「オムニバスチャイナ」という正体不明のファンドが東芝やソニーなど「ブルーチップ」と称される日本の優良株を大量に保有していることが明らかになり、市場関係者の注目を集めた。投資残高はその後一挙に膨れ上がり、今年3月末には、有価証券報告書等で判明しているだけで122銘柄、2兆5000億円に達した。
 各社の大株主として登場したオムニバスチャイナは、日本株に投資するために特別に組成された私募形式の投資信託(ファンド)だというが、実態はベールに包まれている。
 その正体については諸説があり、当初は中国の政府系ファンドという説がもっぱらだったが、ここにきて有力視されているのが、中国の外貨準備を運用する「国家外貨管理局(SAFE)」ではないかとの見方だ。
 中国の外貨準備高は、年率10%近い経済成長と為替調整を背景に急速に膨張しており、今年6月末で3兆2000億ドル(約256兆円)に達している。オムニバスチャイナは、その一部、外貨準備の約10%を日本株など円資産に投資する中国政府の行政組織ではないかとみられている。
 すでに6兆円規模の資金を日本株や日本の短期国債などに投資していると市場では試算されており、「外貨準備の10%程度を運用するファンド」という観測が正しければ、さらに20兆円近い資金を日本株など円資産に振り向ける余力があることになる。
 東日本大震災のどさくさに紛れて、貴重な日本の技術が海外に根こそぎ奪われてしまうのではないか、という不安がいま日本の企業関係者のあいだに広まっている。
 原発の圧力容器用鋼板メーカーで世界一のシェアを誇る「日本製鋼所」の株式を、米投資ファンドが震災直後の3月下旬から買い進め、筆頭株主に踊りでたのが象徴的な事例だ。
 買い占めたファンドは、カリフォルニア州に本拠を置く「トレードウィンズ・グローバル・インベスターズ・エルエルシー」。関東財務局に提出された大量保有報告書によると、6月9日時点で発行済み株式の10.39%を保有、このうち預託証券を除いた議決権ベースでの保有比率は7.76%に達する。
 日本製鋼所は原子炉圧力容器用の鋼板で世界シェアの8割を占め、原子力大手の仏アレバとも長期契約を結んでいる。同社はまた、自衛隊と海上保安庁の船に搭載されている大口径の砲身も製造する国内唯一の企業。このため、外為法で「安全保障上重要な企業」に位置づけられており、外国企業が議決権のある株式を10%以上取得するには政府への届け出が必要。トレードウィンズの持株比率はその上限に近い。
 トレードウィンズは「企業年金プランや個人など顧客のための投資で、取締役の選任、経営上の権益または支配権の取得を追求しない」と、あくまで純粋な投資であると強調しているが、日本製鋼所は「他の株主と比べて突出して保有株式が多く驚いている。投資目的について詳しく確認したい」と危機感を募らせる。
 「日本製鋼所の原子炉圧力容器用鋼板は、日本刀の技術が生かされており、クラックができない特殊技術は他の追随を許さない。2007年にもロシア資本が買収に動き、電力業界が株の買い支えで防衛した過去がある」(アナリスト)
 日本製鋼所側がとくに懸念しているのが、トレードウィンズの背後にいる投資家の存在。メガバンクのM&A担当者はこう解説する。
 「表の看板は先進国の投資ファンドであっても、裏には技術獲得を意図した中国など新興国の資金が控えている場合が少なくない。中国本土の資本家が香港、台湾ルートで米国の投資ファンドに資金を流すケースは少なくない。赤いマネーが虎視眈々と日本製鋼所の技術を狙っている可能性は高い」(後略)

 

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