記事(一部抜粋):2011年7月掲載

連 載

【流言流行への一撃】西部邁

危機統治の能力を失った政党政治

「菅下ろし」には大して関心を持てない。「菅内閣の復興施策にスピード感がない」というのはその通りであろう。「野党への相談がない」というのも本当に違いない。しかし、この想定外の大地震について、与野党ともども為す術を知らずの体であることは誰もが知っている。復興が進捗しない原因を菅直人なる人物の特異な性格に求めて、「菅内閣では復興は不可能」と騒ぎ立てるのは、あきらかに論点のすりかえである。
 自民党にせよ公明党にせよ(民主党内の)小沢派にせよ、みずからの復興のヴィジョンとプランを提示すべきだ。それをしないで菅批判に明け暮れるのは、自分らの危機統治能力の不足を隠蔽するための政治的詐術とみなされて致し方ない。
 どだい、平成の国家解体運動には与野党ともに賛同してきたではないか。菅退陣によって日本の政治はほんの少しは見通しがよくなるではあろう。しかし、危機統治に何が必要であるかを示さないかぎり、日本政治が衰弱と混濁から立ち直れるはずがない。
 危機統治のことに正面から取り組もうとするとき、その第一歩は、平成改革なるものが国家論として迷走のきわみであったことを自省するところから始まる。そのカイカクを民主党陣営が黄色い声で叫び立てて世論を誤導してきたことは確かだ。しかし、世論迎合の必要から自民党も公明党もそれに唱和していた。それどころか、「自民党を潰してでもカイカク断行」と宣うて異常な人気を博したのは、自民党の小泉内閣であった。そうした経緯に頬被りして菅批判に熱中するのは、おのれの罪歴をかき消さんとする目論見からではないのか、と疑われて当然だ。
 平成改革運動で目立ったのは、アメリカ流の個人主義に引きずられて、いわゆる日本的経営と日本的組織とを破壊してきたという点である。人間の組織が必要となるのは(予測困難で管理不能な)長期未来の不確実性に立ち向かうためである。HO(ヒューマン・オーガニゼーション、人間組織)は、イメージとしてのみ想像されてきたデインジャー(危機)が実際に発生したとき、人間集団の経験知と想像力に頼って、その危機をルール(統治)するためのものにほかならない。
 確率的に予想されるリスク(危険)ならば、IT(情報技術)によって何とかマネージ(管理)することができる。しかし、歴史現象のほとんどすべてに(危険ではなく)危機がつきまとう。そして、危機をくぐり抜けるにはHOが必要となる。つまり組織の成員たちがおのれらの経験にもとづいて想像をたくまくし、その英知を互いに持ち寄って、集団的な意志決定にまで高めていかなければならない。
 組織は、共通目的を有する役割体系であるからには、かならずや中央集権的な性質を持つ。それは、下手をすると、官僚主義的な抑圧の体制ともなる。しかし、成熟した文明においてならば、組織の構成員への分権と組織の中央への集権がほどよくバランスさせられているものなのである。日本的組織が大敗戦からの復興において多大の成果を挙げたのも、このバランスが確保されていたからだと考えられる。
 この大震災からの復興において、あの大戦災からの復興のことに学ぼうとするなら、「人間組織なければ危機統治もなし」と思い至るはずである。大震災から三カ月が過ぎても、被災者に義援金すら手渡されていないという不始末が生じているのはなぜか。それは、政界も官界も業界も組織というものをほぼ壊滅に至らしめてしまったからであろう。大量の公債発行による大規模な公共事業、という当たり前の政策がその緒にすら就いていないのも、組織が壊滅させられたせいで、被害状況もニーズの分布状況も把握できていないことの結果である。
 そのことを象徴するのが「小さな政府」という決まり文句だ。ガヴァメント(政府)とはガヴァナンス(制御)のための組織である。危機にあって、ガヴァナンスは(管理ではなく)統治の形をとる。そのルーリング(統治)は、いわば集団の英知を状況という名の予測される不確実性のなかで結集する人間的な営みである。それをITによって代位させようとするテクノマニアック(技術狂)の動きが、この平成の時代に、途方もない高さに達してしまった。
 「日本的経営を危機の状況において精練すること」、それが東日本復興の鍵なのではないか。そのためには平成改革の思想を根本から疑ってかからなければならない。だが、与野党ともども、TPP(環太平洋関税撤廃協定)などという日本的組織を死滅させること必定の、アメリカの仕込んだ罠に喜び勇んで飛び込もうとしている。莫迦は死んでも治らない、という平凡な真実に日本人が目覚めるのに、あとどれほどの時を待たねばならないのか。(後略)

 

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