2010年末、2つの事件が進行した。「海老蔵事件」と「山口組事件」——。歌舞伎界のモテ男が会員制クラブで愚連隊に襲撃されたという事件と、日本最大の暴力団・山口組のナンバー2(若頭)とナンバー3(総本部長)が連続逮捕されたという事件は、一見、結びつかない。
しかし、犯罪は世相を映す鏡である。2つの事件は、犯罪組織がマフィア化、愚連隊化しているという時代の流れを表しており、それを主導している国家の方向性が正しいかどうかを検証する必要がある。
市川海老蔵の品性が問題視され、その派手な遊びっぷりと相まって、同情の余地はないという報道のされ方をしている「海老蔵事件」だが、事件の本質は、ここ10年くらいの間に、麻布、六本木、赤坂、渋谷といった「夜の最前線」が、暴走族上がりのチンピラに支配されていることにある。
逮捕された伊藤リオン容疑者は暴走族の「関東連合」OBだが、そのほか中国帰国子女の2世3世などで構成されたグループや、渋谷などのチーマーあがりのグループもあり、要は暴力団のように組織化されていない愚連隊である。
腕っぷしが強く、先輩後輩の関係で結ばれているとはいえ、基本的には一匹狼の集団のなかから、人脈があって商才があり、スポンサーを探す能力にも長けた人間が、クラブなどの雇われ店長からスタート、隠れた才能を発揮して店を流行らせ、やがて独立。そんな店が幾つもある。
そうした連中と芸能界は、なぜか親和性がある。朝まで遊べる環境と、明日の生活が保障されない刹那主義。そこに合成麻薬、コカイン、大麻、覚せい剤といったクスリが介在、モデル崩れや女優の卵もやってくる。
酒と女とクスリ——。夜遊び3点セットを提供してくれるのが愚連隊で、そうした夜遊びが好きなのが海老蔵で、クスリは別にして、事件化は避けられなかった。事実、この1年、芸能マスコミを賑わせた押尾学事件、のりピー(酒井法子)事件、朝青龍事件、そして海老蔵事件は、すべて同じ環境のなかで起きた。共通項は、関東連合OBとその仲間が経営する「店」である。
本来、こうした集団は、組織暴力団に吸収されるものである。「縄張り」という発想は、何百年以上も前からあり、繁華街には仕切る暴力団がいる。住吉会系組織が牛耳る銀座が有名で、終戦直後の混乱期は、同じ組織が「銀座警察」の名で秩序を維持、今もその伝統は生きており、「社用族が安心して遊べる街」である。
実は、ここで「海老蔵事件」と「山口組事件」は重なる。
山口組ナンバー2の高山清司若頭(弘道会会長)は、11月18日、恐喝容疑で逮捕され、ナンバー3の入江禎総本部長(宅見組組長)は、12月1日、「服役している組員の家族の面倒を見た」という「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴対法)違反容疑で逮捕された。
いずれも単発ではなく、警察庁が総力を挙げる「山口組壊滅作戦」の一環であり、それは暴対法の施行(1991年)以降、暴力団を「必要悪」と捉える世界から脱却、存在を認めまいと取り締まりを強化してきた動きの集大成でもある。
締め付けの強化は「使用者責任」という形で暴力団組長に及ぶようになった。08年の暴対法改正で、暴力団員が犯した恐喝、暴力、強要などの行為によって損害を被った国民は、損害賠償請求を組員のみならず、代表者(組長)に対しても起こせるようになった。暴力団組長は、簡単に盃を与えて組員にすることができなくなり、構成員の数は減り、準構成員や組の周辺にいる企業舎弟や共生者が増えた。
さらに、構成員は簡単に暴力をふるうような粗暴犯ではなく、辛抱することができて頭がよくカネを稼げる頭脳派が好まれるようになった。暴力団なのに暴力を避ける。
そうなると、狂犬のような勢いのある暴走族の行き場がなくなる。暴力団は、彼らの若さと凶暴さを持て余して使うことを忌避する。結果、伊藤容疑者がそうであったように、暴力団周辺者ではあっても構成員にはならないチンピラが、暴力団のような縦社会ではなく、横の連帯のなかで力をつけていった。
皮肉なことに、暴力団への締め付け強化が、組織化されない愚連隊を生んだ。一方で、組員であることが許されない環境のなか、所属を隠し、身分を偽るマフィア化が進んでいる。現在、約8万人といわれている暴力団の構成員と準構成員の数は、今後激減し、最終的には数千人規模にまで落ち込むという予測もある。
つまり、暴力団員であれば、仕事がなく、食えない。生存権を認められず、生きていけない。冠婚葬祭など「義理事」が多く、組長や幹部の不在は困るが、組員はいなくてもいい。マフィア並みに地下で「鉄の結束」を誇り、地上では儀式だけを行う。それが絵空事でない状況に、暴力団員は置かれている。
「憲法違反」という反発も起こるなかで暴対法は91年に施行されたが、十分に機能したわけではない。前述の「組長の使用者責任」のように、改正しつつ使い勝手を良くしていった。
それでも十分でないのは、暴対法が「組員の不当な行為」を対象としており、不動産取引や株式投資など、ビジネス面における「正当な商行為」は除外されていたからだ。もちろん、構成員が地上げを請け負い、増資を引き受けて企業経営に関与する、といったことは現実的にはほとんどないが、元組員が企業舎弟としてかかわるのは、ごく一般的で、そこに抜け穴があった。
どうすれば糧道を断てるのか。(後略)