菅直人首相の所信表明演説が10月1日におこなわれた。「有言実行内閣」と自らを称していたが、過去に発してきた言葉も有言実行の対象なのだろうか。たとえば、参院選前にあれほど強調していた「消費税10%」と「増税すれば景気が良くなる」、さらに遡って、昨年の衆院選の最大の目玉だった「天下り根絶」というお題目。いずれも今回の演説から消えてしまった。発言自体が一貫していないのは、有言実行以前の問題だ。
直近の代表選公約と見比べても、気になる相違点がある。代表選の公約は「クリーンでオープンな民主党」「雇用創造と不安解消」「行政の縦割りを打破する官邸主導・政治主導の貫徹」という三本柱で構成されていたが、今回の所信表明では、3つ目の「官邸主導・政治主導」の部分がすっぽり抜け落ちている。代表選公約で掲げられた「国家戦略室の局への格上げ」にも、何ら言及がなかった。
所信表明で言及がないということは、常識的には、「政権として、本気で取り組む課題ではない」というメッセージだ。この延長線上だろうが、代表選の公約に掲げられていた「(公務員給与につき)人事院勧告を超えた削減を目指す」という話も消えた。代わりに所信表明では「公務員諸君に改めてお願いします。行政のプロとしての皆さんの心構えが問われています」と、役人に「お願い」をしている。
公務員の制度改革や人件費削減といった課題は、役人に「お願い」しても解決するはずがない。
菅政権は10月8日、総額約五兆円の追加経済対策案を閣議決定した。今臨時国会で2010年度補正予算として提出する。
景気対策とは、官僚による支出政策と、官僚にあまり頼らずに民間が自由におカネを使う減税政策に分けることができる。
先進国の景気対策は、全体の6割以上を占める減税政策が中心である。これに対し日本では支出政策が主である。前鳩山政権でも支出政策が8割程度を占めていた。これは官僚主導であることが理由だ。官僚に景気対策を立案させると、自らの権益を手放すことに直結する減税政策をいやがるため、支出政策が大きくなる傾向があるのだ。
菅政権の補正予算は、鳩山政権よりもさらに官僚主導であり、支出政策がほぼ100%となっている。こうした官主導の政策は、民間経済にお上頼みの意識を植えつけ、長期的な成長に結びつかないことが歴史的にも明らかだ。官僚が「この分野に予算をつけて成長を促そう」と意気込んでも、その分野が実際に経済成長したためしはない。これまで、日本が高度成長してきた分野を考えても、官僚主導で成長した分野はほとんどなく、逆に官に抵抗した分野が成長してきた。
補正予算は、これまでも各省官僚のいうとおりのことを束ねたもので「ホッチキス」といわれてきたが、今回の補正予算は「史上最低のホッチキス」といわれている。
(中略)。
尖閣諸島問題もあって国会は慌ただしいが、10月15日の参院予算委員会は久々に面白かった。経済産業省の古賀茂明氏(55歳)が政府参考人として出席し、公務員の「天下り根絶」を掲げる民主党の改革姿勢が不十分だと批判したのだ。菅政権が、参院選の直前の6月に駆け込み決定した「国家公務員の退職管理基本方針」には、たしかにおかしな話が多い。古賀氏が証言した現役職員の民間企業への出向拡大はその典型だ。
現役出向という制度は、もともと、若手の職員が対象だった。役所仕事ばかりだと世間知らずになるから、若いうちに外の空気を吸って仕事に生かすというものだった。それをこの六月になって、菅政権が、退職間近の職員まで対象を広げたのだ。
古賀氏は「現役なら問題ないというのは不思議なロジックだ。公務員の身分を維持して(民間などに)出て行っても、(退職後の天下りと)同じことが起こる可能性がある」と証言した。
政府は、現役出向のほうが天下りに比べて退職金が700万円少なくなると説明しているが、これは奇妙な話だ。政府の資料を見ると、そのお粗末なロジックが浮き彫りになる。
天下りの場合、「早く辞めてもらう」ので早期退職の扱いになり退職金に割増金がつく。ところが、現役出向の場合、役人は辞めていないので、早期退職の扱いではなく、退職金に割増金がつかない。その差が700万円である。
一見するともっともらしいが、天下りというのは、そもそもが早期退職の割増金の悪用である。早期退職で割増金がつくのは、早く辞めて定年までもらう給与を先取りするためだ。なのに天下りでは、再就職先の給与が保障されている。それも多くの場合、役所からの補助金が原資だ。だから、早期退職でも割増金は払う必要などないのだ。そんな制度の悪用による割増金分が減るからといっても、胸を張れる話ではない。
民主党が以前に主張していたように、割増金を付けての天下りなどはさせないで、現役出向もさせずに、そのまま定年まで省内に置いておけばいいのだ。そうすれば、退職金は現役出向の場合と同額だ。しかも、民間としても、現役出向による余計な役人を受け入れないですむ。そうした余剰役人は、威張っているが仕事はできないのが大半なので、外に出さずに役所内に置いておいてもらったほうが、よっぽど世の中のためになる。
さらにいえば、そうした役所内でしか居場所のない人たちの給料は大幅ダウンにしたほうがいい。
公務員給与削減に関しては、菅政権は早くも「公約違反」を犯している。(後略)