記事(一部抜粋):2010年9月掲載

連 載

【中国ビジネス最前線】五百騎駿

2億人分の「睡眠マンション」

「地方に行けば中国の不動産バブルの凄まじさが分かりますよ。そしてバブルが弾けたときの信じられないほどの恐ろしさも……」
 中国の経済学者にそういわれ、7月下旬から8月上旬にかけて、筆者は中国の東北部を旅してきた。
(中略)
 この長春に向かう列車の中、向かい合わせの三段ベッドで一緒になった30歳くらいの女性と少し話をした。彼女が「結婚して今は長春に住んいる」というので、街の様子などを聞いていると、突然、30代くらいの男が会話に割り込んできた。
「長春に嫁に行ったということは、マンションを買ったということか。俺はマンションを2つ持ってるぞ」
 初対面でいきなりカネの話をするのはいかにも中国らしいが、この会話から推測できるのは、長春も不動産バブルの真っ只中にあるということだ。
 その長春の街でたまたま拾ったタクシーの運転手は、53歳の女性で高梅さんという。彼女は誇らしげに語り始めた。
「30年近く前に30トンの大型トラックの運転手をやってカネを稼ぎ、20年ほど前に自分のクルマを買った。以来、昼間はそれでタクシーの運転手をして、夜はそれを人に貸してカネを貯めた。今ではマンションを3つ所有し、そのうち2つは貸している」
 不動産バブルが中国全土にくまなく伝播していることを思い知ったのは、長春の次に向かった内モンゴルの隣町・白城でだ。
 吉林省、黒竜江省、内蒙古自治区に連なるこの一帯は、土地の乾燥度によってトウモロコシ、緑豆、コウリャンと産出する穀物が違う。白城は内モンゴル自治区と並ぶ緑豆の大産地である。ここの気候次第で、日本のもやし相場が一喜一憂するともいう。しかし乾燥し寒暖の差が激しい白城は、以前は中国によくある「貧しい街」の一つだった。
 その白城で緑豆の集荷会社(旧国有企業)の課長を務める張言さん(32歳)は、30歳の妻と3歳の子供との3人暮し。張さんの月収は1500元、奥さんが1000元で合わせて2500元。子供を幼稚園に通わせ、習いごとと送り迎えを頼む費用で700元が消える。そこから部屋代と夫婦の通勤費、食費を除くと何も残らない。しかも張さんは農民戸籍。どんなに頑張ってもマンションを手に入れられるほどの収入がある仕事に就くことは不可能だ。
 ところが、張さんはすこぶる機嫌がいい。マンション購入が夢でなく、現実のものになったからだ。
 「日本に出稼ぎに行った姉が300万円を送ってきた。これを元手にマンションでも買って転売し、差益を稼げという。儲かった分は私にくれるというのです」
 今年の2月、張さんはハルピンに通じる高速道路の建設ルートが決まったという情報を入手し、その予定地に建設されるマンションを設計段階で購入した。価格はちょうど日本円で300万円。数カ月後、高速道路の建設ルートが正式に発表されると、マンション価格はすぐに倍になった。張さんは早速マンションを売り300万円の利益を得たという。
 張さんが高速道路のルートを事前に知ることができたのは、勤めている旧国有企業に「情報」が入ってきたからだ。
 中国では、マンションを手にした者はそれを担保にローンを組み、2つ目、3つ目と買い進むのが「流行」になっている。それが中国流富裕層にステップアップする道だという。
(中略)
 中国電力が最近発表したデータは、この国の不動産バブルの恐ろしさを如実に示している。
 中国全土に「睡眠状態」にあるマンションが7000万戸に達するというのだ。つまり電気が使われていない、人の住まない、値上がりを待っているだけのマンションが、1世帯家族3人として、2億人分もあるのだ。
 マンションを担保にローンを借り、2つ目、3つ目のマンションを買うのは珍しくないと先に書いた。彼ら新富裕層が「マンションは過剰で、値上がりするのはおかしい」と悟ったら、いったいどんなことが起きるのか。
 中国の不動産バブルはどう考えても異常である。今回の東北部旅行は、それを改めて実感させられるものだった。

 

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