(前略)
菅の所信表明は、内容的には鳩山内閣でやってきたことの継承だった。多少の変化が感じられたのは、財政健全化に向けた「税制の抜本改革」への着手を強調し、超党派での議論を自民党に呼びかけたことぐらいだ。いわゆる「増税大連立」といわれるもので、財務省によって増税の洗脳を受けた菅と谷垣禎一がそれぞれ民主党と自民党のトップにいるからこそである。
本来であれば、菅は所信表明演説で、「鳩山内閣はどこで躓いたのか」を総括し、「それをどう克服しようと考えているのか」を明らかにすべきだった。鳩山内閣は、決して「政治とカネ」の問題で躓いたわけではない。普天間問題は言うに及ばず、内政面でもさまざまな矛盾を抱えて行き詰ったがゆえにケジメを強いられたのだ。
その総括と解決策を欠いたままでは、菅政権の運営もいずれ行き詰る。菅がそれを、官僚に依存して乗り切ろうと考えているのであれば、さらにもうひと回り、時計の針を巻き戻すことになってしまう。
菅は前政権で財務大臣に就任すると、あっという間に増税路線に大転換した。その間の経緯は以下の通りだ。
菅は今年1月7日に財務大臣に就任した直後こそ、財務官僚に取り込まれまいと気を張っていたが、1月26日、国会で子ども手当の乗数効果についての質問に答えられず、恥をかく。2月5、6日のG7会合で財務官僚の大きなサポートを受けると、それ以降、財務官僚の意向どおりに発言するようになった。
2月14日のテレビ番組で、菅は消費税引き上げを含む税制抜本改革を3月から税制調査会で議論したいと発言する。菅はこれまで、消費税引き上げを議論するとしても来年以降と言っていたが、それを変更して大幅に前倒ししたのだ。それ以降は、財務官僚のシナリオどおりの手堅い発言に終始している。
菅が日本郵政人事をはじめとした天下り容認に異を唱えた、という話も聞かない。結局、政権を獲ったら自民党と同じになってしまったということだ。
ホンモノの改革をやるためには、『官僚のレトリック』(原英史著、新潮社刊)を熟知した裏方部隊が必要である。菅の周辺に霞が関各府省のエリートはいても、本気で改革をしようという覚悟を持ったブレーンは見当たらない。菅内閣は財務省が完璧に仕切っている。いまや菅は「増税しても使い方を間違えなければ景気はよくなる」などという怪しげな経済理論を掲げている。
財政再建の必要性については、もちろん誰も異論はないだろう。財務省が喧伝する「グロスの債務残高がGDPの二倍になる」という話は、資産もGDPの1.4倍あるので誇張されすぎだとしても、その数字が上昇傾向になるのはよろしくない。
しかし、財政再建のためには、1番バッターによって「先進国でビリの名目成長率を上げること」(税の増収になる)、2番バッターで「資産を可能な限り売却すること」、3番バッターで「公務員給与を含む歳出カットをすること」、最後に4番バッターで「増税をする」という「打順」が大切だ。ところが財務省は、1〜3番を飛ばして、いきなり4番バッターを送り出そうとしている。
こうした「打順」は、世界では常識であり、かつての日本もその常識を踏襲していた。
「増税する前に行政改革を断行すること」
今から30年前、政府の臨時行政調査会(臨調)の会長に就任した故・土光敏夫は、当時の首相・鈴木善幸に対し、会長受諾の条件としてこう求めたという。
土光臨調は、赤字財政が続くなか、財政の建て直しを託され、「小さな政府」と「増税なき財政再建」を基本理念に掲げてスタートした。当時の自民党と大蔵省は消費税の増税を狙っていたが、「増税なき財政再建」をキャッチフレーズにした土光臨調の発足によって、政府は行政改革を本格始動させた。
語気を強めた迫力ある語り口で、政治家から「怒号さん」と恐れられ、多額の赤字を抱えていた国鉄、電電公社、専売公社の民営化にこぎつけた土光。一汁一菜の食卓は有名で、ついたあだ名は「めざしの土光」。贅沢を嫌い、経団連会長時代も電車で大手町に通い続けたという。
その土光が行政改革について側近に語った名言がある。
「行政改革とは10年先、20年先の日本をどうするかを考えるものだ。その時の日本を君たちがどう動かしているか、俺は、地獄の釜の底から見ているぞ」
土光の没後20年余。民主党政権の行政改革は、地獄の釜の底からどのように見えているのだろうか。天下りの根絶、予算の全組み替え、特別会計の改革、独立行政法人・公益法人の原則廃止――民主党が衆院選マニフェストで掲げた無駄根絶に向けた改革はすべてが反故になった。マニフェストはもはや詐欺の代名詞として定着しつつあり、「虚偽フェスト」なる言葉が流行語対象を獲得しそうな勢いだ。
それでも菅は就任後初となる所信表明演説で、「税制の抜本改革に着手することが不可欠だ」とし、消費税の引き上げに意欲を見せた。増税の前に断行すべきことがあること(無駄の根絶)を完全に忘れてしまっているようだ。30〇年前に「行革の祖」が首相と交わした約束を果たせる政党は、どの党なのだろうか。(後略)