記事(一部抜粋):2010年6月掲載

経 済

超高級ホテルは閑古鳥、頼みの綱は中国人観光客

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 西武ホールディングスが、傘下のプリンスホテルが運営するグランドプリンスホテル赤坂(赤坂プリンスホテル)を来年3月末に閉鎖すると発表した。1955年開業の旧館だけを残し、83年にオープンした新館と85年開業の別館を取り壊し、低層部分をオフィスに高層階をホテルとする複合ビルを新たに建設する計画だという。
「老朽化が進んでいるうえ、都心に大型ホテルが次々に開業し競争が厳しくなっている」(関根正裕取締役総合企画本部長)のが閉鎖の理由だが、ホテル業界では「時代の変化」と象徴的に受け止められている。
 赤坂プリンスホテルは政治家のパーティが頻繁に開かれることで一般にも知られているが、ホテル業界では「政治家のパーティを一手に引き受ける目的でつくられたホテル」といわれている。高度成長期には自民党の各派閥が1万枚を超えるパーティー券を売りさばいて政治資金を集めたものだが、一度に3000人もの人数を収容できる宴会場を持つのは「赤プリ」だけだった。
 政治家のパーティー以外にも、たとえば化粧品会社や保険会社が全国のセールスレディや傘下代理店主を宿泊つきで招く研修会などに利用された。こうした大パーティーが赤プリのドル箱だった。
 87年には化粧品販売レディ431人の集団食中毒を起こし、152人が29の病院に搬送されるという不名誉な事件を起こしたこともあるが、これは研修が長引き、予定時刻に合わせてつくった料理に菌が繁殖してしまったためで、ホテル側に気の毒な面もあった。
 いずれにしても赤プリは大規模パーティーの誘致を目的にしたホテルだったわけだが、バブル崩壊後はそうした研修会やパーティーが激減。さらに民主党政権の誕生で、かつての上得意だった自民党が野党に転落、しかも分裂が続いて衰退の一途とあっては、もはやかつてのような政治家の大パーティーなど望みようもない。使い道のなくなった巨大宴会場を持て余した赤プリを、時代に合わせたホテルにつくり変えるしかなかったのである。
 東京のホテル業界を取り巻く状況は、この数年で一変した。
 かつてスタンダードタイプの宿泊料が1泊5万円以上の超高級(ラグジュアリー)ホテルは、新宿の「パークハイアットホテル」(187室)だけだった。ところが、六本木に「グランドハイアットホテル」が開業したのに続き、「ザ・リッツカールトンホテル東京」、日比谷に「ザ・ペニンシュラ東京」、丸の内から日本橋にかけては「フォーシーズンズ東京」「マンダリンホテル」「シャングリラホテル」などの超高級ホテルが開業。さらに大手町の旧富士銀行本店跡地に建設中のビルには「アマンリゾート」の進出が予定されている。
 日本の御三家と呼ばれた「帝国ホテル」「ホテルオークラ」「ホテルニューオータニ」も、外資系御三家と呼ばれた「ウェスティンホテル」、パークハイアット、「フォーシーズンズ椿山荘」も、一時は影が薄れかけた。
 「外資系進出ラッシュで、東京には超高級ホテルが一挙に1000室もできたが、石油成金やアラブの王様が東京にそんなに来てくれるとは思えない」(ホテル業界通)と疑問視する声は当初からあった。その心配どおり、リーマンショックを機に、東京の超高級ホテルからは宿泊客がいなくなってしまった。
 アラブの王様どころか、サブプライムローンや仕組み債を大量に売りつけてボロ儲けしたウォール街やシティのバンカーたちも来日しなくなったのである。好景気で潤っていた大企業のトップたちも超高級ホテルを敬遠、ワンランク低いホテルにシフトしたのだ。たとえば、1泊2万円のあるホテルの支配人がこういう。
「以前、ドイツの高級車メーカーに売り込みに行ったら、当社の役員は超高級ホテルにしか泊まらないと相手にもしてくれなかった。ところが、リーマンショック後、そのメーカーから、もう一度パンフレットを見たいと言われ、喜んで営業に行ったら、当社のCEOが来日するが予約できるかというのです。世界中の一流会社が超高級ホテルからランクを落とし、宿泊料が安いホテルに切り替えて経費を節約しています」
 その恩恵に浴しているのが、芝の「プリンスホテル東京」や恵比寿のウェスティンホテル、六本木のグランドハイアット、渋谷の「東急セルリアンタワー」、「丸の内ホテル」など、交通もそこそこ便利なホテルだ。いずれも宿泊稼働率は60%を突破。不況が襲うと思っていたら、思わぬ恩恵にニンマリしている。
(中略)
 といっても、超高級ホテルだけが苦境に陥っているわけではない。東京では46年前の東京オリンピックに向けてホテル建設ラッシュが起こったが、当時、開業したホテルは別の悩みを抱えている。あるホテルマンがこぼす。
「ホテルは24時間年中無休で稼動している。築40年以上も経つと、古くなった配管から水漏れが起こったり、外壁にひびが入ったりする。バスや洗面所も旧式なので効率が悪くなる。かといって全館を改装すると100億円くらいはかかってしまう。改装するより建て替えた方がむしろ安上がりなくらいです」
 東京五輪に合わせて建設されたホテルが、続々と建て替えの時期を迎えている。具体的には、59年のミュンヘンでのIOC総会で東京五輪開催が決定した後に開業したホテルのことで、60年にオープンした「ホテルニュージャパン」と「銀座東急ホテル」から始まり、61年オープンの「パレスホテル」、62年開業のホテルオークラ、63年はキャピトル東急(当時は東京ヒルトンホテル)、そして64年にオープンしたホテルニューオータニと東京プリンスホテルの7つである。この7つのうち、すでにホテルニュージャパンと銀座東急ホテルは姿を消し、キャピトル東急は前述のとおり高層ビルに建て替えられて秋にオープンする。パレスホテルも昨年閉鎖して、目下、地の利を生かして低層部分をオフィス、高層階をホテルにしたビルに建て替え中だ。
 問題は芝の東京プリンスと虎ノ門のホテルオークラである。(後略)

 

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