記事(一部抜粋):2010年3月掲載

社会・文化

大阪地検の「壮大な虚構」が暴かれる

厚労省事件の「無理筋捜査」

「壮大な虚構ではないかと思い始めている」
 厚生労働省で障害保険福祉部長を務めた塩田幸雄氏が、検察の重圧のなかで漏らした自らの証言をこう否定した時、大阪地裁の201号法廷には衝撃が広がった。
 障害者団体に「偽の証明書」が発行され、郵便割引制度が悪用された事件で、虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われた村木厚子・厚労省元局長の第5回公判――。
 村木被告は、捜査段階から容疑を否認。公判が始まると、特捜検事の強引な取り調べの様子が明らかとなり、村木被告が否認を貫く理由も分かってきた。それだけに注目されたのが、上司の塩田氏を証人とした2月8日の公判だった。塩田氏は捜査の段階で、石井一参院議員から「便宜を図ってくれ」と依頼を受け、2004年6月の事件当時、障害保険福祉部企画課長だった村木被告に、「議員案件」としての対応を指示、そのうえで「証明書」が発行された後、石井議員にその旨を電話で報告したことになっていた。
 高級官僚が「政治案件だから」と、部下に配慮を求めるのは、「政治」と「行政」の関係のなかで、ごく一般的に行われている。ただ、今回は配慮を過剰に受け止めた村木被告が、「偽の証明書」に踏み込んだことで事件となった。
 塩田氏の捜査段階での調書は、具体的かつ詳細で、だから村木被告は罪に問われたのだが、公判での証言は180度、覆った。塩田氏は、石井議員から電話を受けたことも、村木被告に指示したことも、その後、石井議員に報告の電話を入れたことも、すべて否定した。事件構図はひっくり返された。
 どうしてそうなったのか。塩田氏はこう証言した。
「(石井議員の)電話だったのか記憶はなかったが、電話を受けたのならば、村木被告にも指示しているだろうと思い込んだ」
「検事から『通話記録が残っている』といわれ、そう説明したが、どんな通話記録かは教えてもらえなかった。つくられた記録に基づく記憶で、事実ではない」
 要は、検察の描く事件構図に沿って証言をし、調書にサインをしたということだ。検察が塩田氏に、「逮捕もありうる」とプレッシャーをかけながら供述を引き出したことは想像に難くない。結局、塩田氏は落ちた。だが、それは真実ではなかった。だから証言を変えた。捜査段階での「自白」を、公判で覆すのは珍しいことではない。
 だが、すべての重要証言を否定、「壮大な虚構」とまでいうのは前代未聞である。大阪地検特捜部はへたを打った。そこには「無理筋」を事件にしなければならなかったという大阪地検の事情もあった。
(中略)。
 検察のシナリオ捜査については、これまでに何度も指摘され、批判された。捜査権に加えて公訴権を持つ検察は、どんな罪で起訴するかをまず決め、その起訴に必要な証言を積み重ねる。今回、倉沢被告の「政界工作」から始まった郵便不正を、「偽の証明書の発行」につなげ、厚労省が組織的にかかわった事件にするためには、部長、課長、係長のすべての自白が必要だった。だから強引に、「白」を「黒」といいくるめて「壮大な虚構」を築いたのである。
 無理筋を捜査にしたのは、事件の先に「法務・検察」にとって、昨年夏前の段階で叩かなければならない民主党の大物政治家である石井一議員が浮かんでいたからだ。
「法務・検察」にとって、「霞が関の解体」をもくろみ、検事総長人事にまで口を出そうとする民主党は、「好ましくない政党」だった。また、昨年三月に小沢一郎代表(当時)の秘書を政治資金規正法違反で逮捕すると、小沢氏は捜査の不当を訴え、鳩山由紀夫幹事長(当時)は「国策捜査」と批判、それをかわすためにも民主党を追い込む必要があった。
 そこに飛び込んできたのが郵便不正の脱税事件である。(後略)

 

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