(前略)
2007年当時の経済回復局面も、所詮は「雇用なき成長」であり、「企業は儲けても、サラリーマンは貧しい」という状況に放置されたままだった。
なぜそうなのか。「輸出産業などのグローバル企業は外資との競争上コスト削減に努めざるをえず、また、株式の外人保有比率が高い企業ほど株主還元を優先し、労働配分率を抑える傾向にあるからだ」(エコノミスト)。
今や日本の投資家でさえ、日本と日本企業の成長性に疑問を感じ、投資資金はBRICsなどの新興国へ流れている。実際、新興国へ投資する投資信託の運用成績は良好で、日本株で運用するファンドは低迷している。
また、日本市場を左右するのは外国人投資家であり、その外国人投資家が株式の購入を手控えれば株価は下落し、絶好のM&A対象にされてしまう。サラリーマンは、会社が好業績でも、そのおすそ分けにあずかれない構造になっているのだ。
08年度の派遣労働者の数は約400万人だが、非正規社員全体でみると約1700万人に達する。正規社員が約3300万人だから、全労働者のうち非正規社員の割合は約34%に及ぶ。
非正規社員は正社員と同じ仕事をしながら低賃金に抑えられ、また、失業保険に加入していないことなどから社会問題化している。では、セーフティーネットを完備すれば、労働環境は改善するのだろうか。
企業は厚生年金保険料の負担を避けるためもあって、非正規社員を多数採用している。特に外食やスーパーなどではパートやアルバイト比率が極端に高い。低価格競争の中では、正社員数を削減するほかにコスト削減の余地は少ないのだ。
逆に言えば、「労働条件を改善すればコストアップとなって企業の存続が危うくなる。それを避けるためには、正社員をさらに削減するしかない」(流通企業幹部)ということだ。
それは、日本企業の売上高営業利益率が低く、利益が出にくい構造のためでもある。しかも、生活防衛意識の高まりから消費者の節約志向は高まるばかりで、市場そのものが縮小している。
例えば、今まで1日に100円で100個売れていた製品が、80円に値下がりしたうえに売上数量が80個に減少すれば、売り上げが1万円から6400円に減少するだけでなく、利益が吹き飛び、場合によっては損益分岐点を割り込んで赤字操業となる。日本企業が直面しているのは、そういうことだ。企業経営者が、労働者保護のために規制を強化しようとする民主党に反発するのも無理はない。賃金を上げると企業の体力が弱まる。倒産してしまえば雇用を守ることができなくなり、失業者が増大する。
現在、完全失業率は約5.3%。昨年7月の5.7%から若干の改善が見られるとはいえ、これは、雇用すれば政府が助成金を出す「雇用調整助成金」で、失業率の上昇を必死で抑えているためだ。昨年7月に発表された「09年度年次経済白書」は、日本企業が抱えている過剰雇用者数を607万人と推計している。不景気が長期化すれば、企業は、この過剰労働力を削減せざるを得ない。すでに日本の実質失業率は16%と欧米を上回っているとの見方もある。
しかし、労働コストの上昇が失業率の上昇に直結するといっても、現実に失業や低賃金で困っている人にとっては、「そんな理屈はどうでもいい。現状を改善してくれ」というのが切羽詰った声である。
厚労省と文部科学省が1月14日に発表した今春の大卒の就職内定率(昨年12月1日現在)は73.1%、高卒は68.1%と過去最低を記録した。成人式で若者が暴れることが問題視されているが、若者にすれば「反乱」を起こしたい心境だろう。将来の年金不安どころか、明日の仕事、明日の収入不安に直面しているのだ。
派遣などの非正規雇用の必要性を主張するエコノミストの中には、「若者の中には正社員になるのを嫌っている者もいる。労働形態の多様化は必要だ」などという人がいる。確かに07年ごろまでは、そのような若者がかなりいたのは事実だろう。だがそれは、働く場所があり、また賃金格差がここまで拡大する前の話だ。企業利益が減少したこの1、2年で労働環境は大きく変わった。今では、非正規社員となったことを悔いている20〜30代がほとんどだろう。
全労働者の34%が非正規社員ということになると、この多数層に歓迎される政策を打ち出さなければ、選挙には勝てないということである。
民主党は、昨年9月の選挙に向けたマニフェストで次のような雇用対策を打ち出している。
1、失業中のセーフティーネットの創設(月額10万円程度の手当ての支給)
2、製造業への派遣や日雇い派遣の原則禁止。
3、最低賃金の引き上げ。
4、ワークライフバランスと均等待遇の実現。
5、雇用保険のすべての労働者への適用――。
なるほど、これらの政策が実施されれば、間違いなく民主党は全労働者の34%の支持を得られるだろう。しかし、国にとっても企業にとっても、コストアップとなって、国は増税しなくてはならなくなり、企業は先に見てきたように、雇用を削減しなければならなくなる。低価格競争と市場の縮小で利益の出ない日本市場から、大企業は新興国などへと戦力、生産拠点の移動を加速させざるをえなくなる。
また、非正規社員だけでなく、下流化した正社員やその家族の支持も得るためには、財政難のツケを富裕層に支払ってもらう必要が出てくる。
失業率が12%強で高止まりしている米国のオバマ大統領は、「中間所得層には増税しない」と公約しているが、一方で1月14日、ガイトナー財務長官は、ブッシュ政権時代に引き下げられた富裕層に対する所得税を元に戻す、すなわち税率をアップすると発表した。
これは財政難の中で失業者対策を実施しなくてはならない国にとって、共通の重い課題だ。盧武鉉政権時代の韓国では、低所得者を保護するため、富裕層を対象に増税策を実施したが、その結果、富裕層の海外移住が激増した。
世界中が格差の拡大に悩み、金融危機で財政が悪化したことで、そのしわ寄せを富裕層や企業に求めざるを得ない。選挙民の大多数が低所得や失業で苦しんでいる以上、政権を獲得、もしくは維持するためには、それ以外の選択肢はない。(後略)