記事(一部抜粋):2009年10月掲載

政 治

鳩山政権の情報戦略は「官僚依存」そのもの

【霞が関コンフィデンシャル】

(前略)
 しかし新聞やテレビでは決して報道されないが、鳩山首相は早速公約違反をおかした。それは実際には「たいしたこと」ではないのかもしれない。だが、そんな些細な約束も守れないで、より大事な、大きな公約を本当に守ることができるのか、という不安がよぎる。
 その小さな公約違反が新聞・テレビで報道されないのは、その公約が彼らの既得権を侵すものだからだ。その意味で、テレビで訳知り顔でコメントしている「識者」も、一皮むけば既得権まみれということだ。
 破られた小さな公約とは、記者クラブ制の廃止である。
 記者クラブというものをご存じない方のために、簡単に説明しておこう。記者クラブとは、首相官邸、各省庁、地方自治体、警察、業界団体などの「公的」な組織内にある、特定の報道機関の記者たちによって構成される任意組織である。たとえば首相官邸には「内閣記者会」という新聞・テレビ・通信社の記者だけの組織がある。外国メディアや雑誌、インターネットメディアの記者や、フリージャーナリストは、この内閣記者会から排除されていて、首相が内閣記者会を相手に開く記者会見の場に入ることができない。
 記者クラブは、取材対象である組織の建物の中にあり、ほとんどの場合、その運営費用は取材される側の組織が負担している。省庁内にある記者クラブは、税金によって維持されているわけだ。
 例えば○○省の記者クラブに所属する記者は、○○省の庁舎の中を、職員と同じように自由に歩くことができ、アポイントなしに担当者に取材することができる。その結果、取材者と取材される者が緊密な関係を築き、もたれ合いうことがしばしばある。もたれ合うことにより、マスコミは情報元の役人を確保し、役人としてもマスコミを通じた情報操作が可能になる。
 記者は「夜討ち朝駆け」で役人に接触する。朝駆け取材を受けた役人は、記者が乗ってきた運転手つきの社用車で、記者と一緒に役所に出勤する。そのクルマで夜、記者と一緒に繁華街に繰り出し酒席をともにする役人もいる。飲食費用はマスコミの取材費から捻出される。
 役人が自宅に懇意な記者を招くこともある。それは、役人から見れば格好の情報リークの場であり、記者にすればネタ入手の場である。お互いに利益がある。もちろん、こうした濃密な関係は、記者クラブ制と関係はなく個人的に構築されることもある。ただし、記者クラブの存在が、役所とマスコミがもたれ合ううえで重要な役割を果たしているのは間違いない。
 しかし記者クラブ制は、マスコミにとって自殺行為といえる。取材対象となあなあの関係になることで、マスコミが本来持っているはずの「批判力」が失われ、結果として読者や視聴者が本当に必要としている情報を発信できなくなる。
 実際、記者クラブが仕切る官僚の記者会見は緊張感を欠く。儀式化し、つまらなくなっている。
 既得権者の大手マスコミから記者クラブの擁護論が出ることもあるが、この閉鎖的報道カルテルを正当化することは難しい。マスコミ人ならほとんどが、「個人的には廃止すべきと思う」と答える。ちなみに、記者クラブ制があるのは世界中で日本だけ。日本に統治された歴史を持つ韓国には存在していたが、2003年に廃止された。欧米からはしばしば「非関税障壁だ」と批判される。
 さすがに今は、業界団体などでは記者室の維持コストの問題などもあって、記者クラブの存在感は薄れてきている。しかし、首相官邸をはじめとする霞が関の中央官庁では、依然として強固な記者クラブ制が存在している。
 民主党は野党時代、マスコミの関心を広く集めるため、記者会見をオープンにし、誰でも参加できるようにしていた。大手マスコミに属していないフリーランスの上杉隆氏や神保哲生氏の「そのオープン性は政権交代してからも維持されるのか」との質問に対し、小沢一郎前代表も、鳩山代表も「継続する」と明言していた。
 ところが9月16日の総理大臣会見、組閣後の閣僚記者会見で、記者クラブ制は廃止されなかった。あまりに従来と同じではマズイと思ったのか、外国メディア、雑誌記者の15名ほどが特例として参加を認められたが、記者会見をオープンにするという公約は守られなかった。会見のオープン化を阻止したのは、平野博文官房長官や藤井裕久財務大臣と言われている。大手マスコミから「内閣記者会をオープンにして我々を敵に回したら、政権は長くもたない」という脅しがあったと聞く。
 記者会見の進行方法もこれまでとまったく同じだった。「時間が押している。質問は2問まで」と仕切っていた進行係は、官邸の広報職員である。何のことはない、記者会見は官僚主導だった。(後略)

 

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