記事(一部抜粋):2009年1月掲載

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【平成考現学】小後遊二

資本主義はどこへ行った?            

 アメリカは2008年の11月になって、金融危機に対処するという名目で狂ったように「国家」を前面に出してきた。70兆円の金融機関救済法案を通したあと、実際に救済策を次々に発動。当初は不良資産買い取りという名目だったが、その後、資本注入を受けた実質国営化銀行を次々に誕生させている。
 投資銀行やGMAC(ゼネラル・モーターズの金融子会社)までが銀行持ち株会社にお色直しをしてこの法案に基づく救済が受けられるようになっている。大手住宅公社2社も国家に救済を仰いだし、AIGという世界最大の保険会社も実質国営化された。世界最大のシティバンクにも資本が注入され、また不良債権30兆円の売却に関してはその90%までを政府が保証するという、官僚国家日本でも聞いたことがないほどの手厚い保護を受けている。
 金融機関には無節操ともいえる甘い救済策が次々に繰り出される反面、ビッグスリーなどの製造業には厳しい条件がつけられている。救済策もいちいち議会に送られ、ビッグスリーのトップは議員たちの面前で散々恥をかかされている。
 ヘンリー・ポールソン財務長官が超法規の権限を握って好き勝手をやっている、と批判の声も上がっている。おそらくこんな調子で気前よく資金投入していれば70兆円はすぐに底をつき、再び金融パニックが世界を襲うことになると思われる。
 アメリカがばら撒いた黴菌が世界に散乱したせいで、世界中の政府が救済策を乱発している。しかしヨーロッパの銀行は巨大で、政府が救済できるような代物ではない。たとえばスイスの大手2行の資産合計は同国のGDPの7倍に当たる。イギリスの上位3行の資産合計は同国のGDPの実に3倍である。こんな巨大な銀行がたまたま本社があるというだけで国民の税金で救わなくてはならないとしたら国家は破産する以外にない。
 もちろんスイス、イギリスは何の保証も今のところしていないが、この「規模の感覚」を正確に把握しておくことが大切である。
 一方、保証してしまった国もある。アイルランドとドイツは預金の全額保証を謳っている。アイルランドでは万一の場合の補償額は同国GDPの2倍以上、ドイツは国家予算の3年分である。
 つまり、こうした政府による安易な「保証」はパニックに陥った国民に対するトランキライザー(精神安定剤)にはなるが、冷静に考えたら、余計パニックになる類のものである。
 金融危機や不況対策の先輩国で、国家主導のやり方では人後に落ちない日本も、実質的に欧米の轍を踏んでいる。日本はもともと米英などに比べてバブル的な要素が少なく、外貨準備や国民の蓄えも豊富なので、本来焦る必要はなかった。しかし選挙対策で「年を越すのが大変でしょうから2兆円ばらまきます」などと毎日のようにアナウンスしている間に、国民は身構えてしまった。ユニクロとマクドナルドが繁盛する、かつての「モツ鍋に焼酎」不景気に突如突っ込んでしまった。
 しかし世界的に見れば、いま一番余裕があるのは日本である。だから円高に歯止めがかからない。過度の円高は日本の主力産業の収益を直撃するので、ここにきて一気に雇用にまで影響の出る深刻な不況に突入しそうな気配である。そうなると財政再建論はふっ飛び、国家による景気対策を求める声が強くなる。90年代に100兆円以上の公共工事をやって何の効果もなかったことを忘れ、一時国有化した新生銀行やあおぞら銀行に再び救済が必要になっていることもさっぱり忘れ、金融再生化法案を復活させる、というのだから開いた口がふさがらない。
 ただし今回は、自由主義のお手本であった欧米に「右へ倣え!」しているので、当事者たちに後ろめたさはないし、市場原理を守れとアメリカに説教されることもない。気持ちよく「資本主義よ、市場原理よ、さらば!」と言える。かくして政府の思い通りの国家主義が蔓延することと相成った。

 

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