記事(一部抜粋):2008年12月掲載

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【平成考現学】小後遊二

究極の景気刺激策      

 中国、アメリカなどが大型の景気刺激策や減税を打ち始めた。「新ニューディール」なる言葉も生まれ、1930年代の大恐慌以降の経済政策が一斉に見直されている。
 日本は、90年代のバブル崩壊後に財政出動を中心とした景気刺激策を繰り返し打ったが効果がなかった。「変動相場制の下では財政出動の効果はない」とするマンデルとフレミングの研究などを無視して景気回復を狙ったが、やはり教科書通り、何の効果もなかった。その後、ゼロ金利にしたり、マネーサプライを潤沢にしたりしたが、やはり効果はなかった。2004年から始まった中国特需により、かつての構造不況業種の業績が回復し、あたかも「小泉改革の経済効果」という錯覚が続いた期間もある。しかし、アメリカ発の金融危機で中国特需が終わると、この「バイアグラ効果」も萎んでしまった。
 日本は世界でも珍しい貯蓄過剰の国家となっている。GDPの3倍にあたる1500兆円にも及ぶ個人金融資産がある。問題は、これが死蔵され市場に出てこないということだ。理由は、その大半が高齢者によって所有され、「欲しいものがない」「いざというときのための蓄え」となってしまっているからだ。たとえその1%でも「買い出動」すれば15兆円。「麻生ばらまき選挙対策費2兆円」の何倍もの景気刺激効果がある。
 日本人の平均寿命が延びたので、たとえば85歳で死ぬ人が遺産を60歳の息子に相続させたとしても、この息子たちも貯蓄過多の世代となる。日本では相続が需要を生まない理由が2つある。1つはまさにこの点で、思い切って孫への生前贈与をやるくらいでないと、キャッシュ不足世代に引き継げない。
 もう1つは相続税率の高さである。基礎控除などいろいろな条件はあるが、限界相続税率は70%で圧倒的に世界一である。これは懲罰的なもので、たとえ生前贈与したとしても、いざお爺ちゃんが死んだときの精算のために取っておかなくちゃ、ということで、あまり使われないのが現状である。
 いま世界では相続税のない国が増えている。スイス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、スウェーデン、イタリア、マレーシアなどである。また相続税廃止が俎上に載っている国としてイギリス、フランス、ドイツが上げられる。EUでは税率の低い国に移住してしまう輩が増えているので、税制をシンクロナイズ(同期)しないと国家は被課税体そのものに逃げられる危険性があるからだ。
 アメリカは2001年から段階的に相続税の最高税率を下げ、かって60%であったものが今は45%になっている。計画によると、2010年には相続税率を0%とし、その後また次第に増やしていくとしている。実はこの「ブッシュ・プラン」が不況に苦しむアメリカの救世主になるかも知れない。というのは、多くの金持ちが息を潜めてこの年まで相続を待っているからである。あと1年半もすれば大量の資金がハングリーな若い世代に移り、彼らが低迷する住宅や自動車市場などを突然活性化させる可能性があるからである。
 このような刺激で需要を喚起することは必ずしも好ましいことではないが、日本に限っていえば、この案を導入する以外に眠れる個人金融資産を市場に誘い出す方法はないだろう。そう、日本もまた数年後の1年だけ贈与・相続の税金を廃止し、今の基礎控除額5000万円を1億円程度にし、高齢者が安心して若い世代に贈与・相続できれば、盆と正月が一緒に来たくらいの好景気となる。彼らはカネも希望もまったくない状況を強いられており、ここには強い需要があるからだ。1500兆円の3分の1が若い世代に移れば500兆円。それが住宅などの固定資産に移行するだけで、この国の新ニューディールは起爆する。税金を使わず、国債も発行しない「心理経済学」をうまく使った政策だ。要するに、いろいろマクロ的にやるよりは、一点を狙って一発撃ち込めば、日本経済も「通じの悪かったパイプの詰まりが一掃される」という快感を味わうことができる。

 

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