記事(一部抜粋):2008年6月掲載

社会・文化

「佐渡・証取委」の粛正に怯える証券界

不正を許さない「戦う証取委」をアピール

 官僚機構はトップで変わる――それを改めて感じさせたのが、証券取引等監視委員会(証取委)である。
「捜査の鬼」と呼ばれた佐渡賢一・元福岡高検検事長が、第6代の証取委員長に就任したのは昨年7月である。それから10カ月。犯則調査権を使った告発案件もさることながら、課徴金や開示検査など証取委が持つ権限をフルに使って、証券市場に明確なメッセージを送っている。
 今年に入ってから摘発したのは、NHK記者、監査法人の公認会計士、野村證券企業情報部社員によるインサイダー取引だった。証取委にとってNHKも公認会計士も野村證券も、公平で公正なマーケットを共に築く仲間である。佐渡は、その不正を許さない姿勢を明確にすることで、「戦う証取委」をアピールした。
 検事時代の佐渡は、数々の大事件を捜査、あるいは捜査指揮したことで知られる。
 就任記者会見では、印象深い事件としてリクルートを挙げた。NTT元会長の真藤恒を自供に追い込み、リクルート事件のNTTルートを切り開いたのだから当然だが、近年は「捜査指揮官」としての評価が高かった。
 例えば、大阪地検検事正時代のハンナン事件。「食肉のドン」といわれ、中央の政官界から大阪府や大阪府警にまで侵食していた食肉卸業「ハンナン」会長の浅田満を逮捕にまで持って行くのは難しいといわれていたが、ハンナンという存在を「詐欺・補助金不正受給事件の主役」と捉え、大きな事件構図で「ドン」を追い詰めたのは佐渡賢一である。
 強引さゆえの軋轢もある。
 証取委が、長年にわたって狙っていた仕手に西田晴夫がいる。バブル時代から生き残る大物で、最近は業績不振企業に乗り込んで増資をさせ、その引き受けた株で仕手戦を行う「資本のハイエナ」として活躍していた。ボロ会社の窮状につけ込み、資本を吐き出させて儲けるところがハイエナに似る。
 ところが西田には身分も住所も職業もなかった。親しくなった女性と一緒に住むかホテル住まい。銀行口座や証券口座もなく、必要な時は他人口座を借りる。そんな確信犯ゆえに株価操縦、インサイダー取引などの罪に問うのが難しく、証取委は「西田チーム」を編成、昨年10月の逮捕まで2年近い歳月をかけながら着手できないでいた。
 就任直後、その報告を聞いた佐渡は、こう言い放った。
「ぐずぐずせずに、サッサとやれよ!」
 調査現場への叱責ではあるが、それだけ断定的に発言したのだから「責任は俺が取る」と言っているのに等しい。ハッパをかけられた現場は、大阪地検特捜部との協議を進めて捜査着手、旧南野建設(現A・Cホールディングス)の増資に絡んで株価操縦を行ったという容疑で西田を逮捕した。
 こうした強引さは、本来は「告発を受けてもらう立場」で、上下関係はなくとも気を使う存在の検察にも向けられる。
 野村證券インサイダー事件は、情報を漏らした企業情報部の社員と、その情報をもとに売り買いした留学生仲間とその弟が中国人であるところに捜査の難しさがあった。社員は香港野村に既に異動しており、退社や逃亡を防ぐために調査は秘かに進めなければならず、それだけ証拠や証言を集めるのに時間がかかり、告発を受ける東京地検は強制捜査に慎重だった。
 その姿勢に苛立った佐渡は、東京地検の最高幹部にこう申し入れた。
「なぜ捜査に着手しない! どうなっているんだ!」
 先輩後輩の序列が重んじられる検察にあって、現役を離れたとはいえ「天皇の認証官」の高検検事長まで務めた大物OBが、その職務に絡んで強く意見してくるのだから動かざるを得ない。野村證券に社員への出張を命じてもらい、来日したところを逮捕。「否認するのではないか」という心配は杞憂に終わり、21銘柄でインサイダー取引を繰り返し、約5000万円の利益を得ていたことを認めたのだった。(後略)

 

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