記事(一部抜粋):2008年3月掲載

連 載

【流減流行への一撃】西部邁

消火できるか「ガソリン国会」   

「1リットル25円安」、それが民主党の「ガソリン税暫定税率の廃止」にかんする宣伝文句である。平均でいって、一家庭当たり4000円余のガソリン代節約となるそうだ。自民党はその暫定税率の十年間延長を主張している。そして我々の国会は、今や、「ガソリン国会」と銘打たれて、まさに炎上寸前の光景を呈している。はっきりいって「末法の世」とはこのことかと、溜め息の一つか二つ吐きたくなって当然である。というのも、巷に林立する「ガソリン税25円安」の幟が、何あろう、来るべき衆院選へ向けての票稼ぎの目論見に発していることは、誰の目にも明らかだからだ。
 その証拠に、このガソリン問題はにわかに浮上したものにすぎない。つい先日まで、国会で何のガソリン議論も行われていなかった。(総選挙の)「為にする議論」とはこのことで、「人の為すこと」はすべて「偽り」なのか、と人間性についての悲観なり虚無なりに沈んでいる者も少なくないのではないか。「日本丸」が国内外の危機の波濤が押し寄せるなかで沈没しかかっているというのに、我々の国会議員たちは、よくもまあ、こんな(中味のない議論という意味で)喧嘩沙汰に明け暮れして恥じないものだ。まともな神経を持った者なら、マッチ1本で「ガソリン国会」に放火してやりたくなって当たり前というものではないのか。
 道路建設は長期計画でしか進まない。つまり、もし地方の各地でまだ道路が必要だというのなら、5年か10年かについては議論の余地があるだろうものの、暫定税率の長期延長は何ら不当な処置ではない。また、現在進行中の道路建設を中断させれば、これまでの建設費用(の大半)はドブに捨てたことになる。さらに、ガソリン価格を下落させれば、自動車(の所有と使用の)需要が増大することになり、それは環境破壊を増進させることになる。もっというと、公共土木事業費が地方経済を奮い起こさせるに当たって連動性を持つのである以上、それを総額で年当たり2兆4000億円ばかり減殺させることによる地域破壊、という損失のことも考えなければならない。
 もちろん、本当に必要な道路はあとどれくらいなのか、ガソリン税の使用先を道路に限定せずに環境問題や福祉問題にも充当してもよいのではないか、という論点は存分に検討するに値する。しかし、急に登場した論点を早急に解決せよと迫るのは、児戯に類したせわしなさというものである。ましてや、ガソリン税を減らせば国民の可処分所得が増大し、その「乗数効果」によってGDPが(たぶん減税分の3倍ほど)増えるので、そこからの税収で財政収支の帳尻が合う、という(民主党の)議論はあまりにも根拠薄弱である。世界と日本の経済景気に暗雲が垂れ込めている今、その減税分は貯蓄に回されるので、乗数効果は期待できない、と考えるほうがよほど合理的であろう。
 要するに、ガソリン国会とは、いわゆる「政局」という名の権力争奪の競技場(もしくは遊戯場)のことにほかならない。大概の国民は――マスメディアも含めて――そのことを承知しているのに、その埒のあかない政争に不平の一つも述べ立てる気力を有していないときている。いや、「政変」でも起これば少々なりとも退屈しのぎをできるに違いないと算段して、このピュエリル(精神的小児病)な政局を観望しているのだ。ガソリン減税という「パン」をよこせ、そうすれば政局の「サーカス」に馳せ参じてやろう、というのが我が(大衆に変じた)自称国民の了見なのであろう。「パンとサーカス」にのめり込んで堕ちるところまで堕ちよ、それまではこの列島人に覚醒の時は訪れない、と予言しておくのは乱暴すぎるであろうか。
 振り返れば、郵政(衆院)選挙や年金(参院)選挙を筆頭にして、近年の日本政治はシングル・イッシュウ(単一争点)をめぐって回転している。多党が競い合う政体においてならば、ドイツの「緑の党」のようなある小党がシングル・イッシュウ・パーティ(単一争点政党)として政界の一角を占める、というのも面白くかつ有益な事態かもしれない。しかし、二大政党制を標榜する政体にあって、両党が単一争点でせめぎ合うということは何を意味するか。
 それは、様々な政策のあいだの体系が見失われることであり、その結果として国家の全体像が崩落していくことにほかならない。そんな国家の自己破壊がなぜ行われるのか。いうまでもなく、マスメディアにとって単一争点をクローズアップするのが世論を扇動するのに最も便利だからである。「単純性と刺激性」、それが(とくにTVを中心とする映像メディアにおける)デマゴギーつまり民衆扇動の常套手段となっている。(後略)

 

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