(前略)10月初め、ローソンの勧誘員から「お勧めしたい物件が出ました。横浜の○○です。来年(08年)3月末に開業予定の市営地下鉄の駅の真ん前という絶好のロケーション。一度現地にご案内したいと思いまして」という連絡が入った。
現地に案内してもらうと、たしかに地下鉄工事の真っ最中。店鋪はその地下鉄の地上出口のまさしく真ん前にあるビルの1階である。
「開業後の乗降客は1日3万6000人が見込まれています。仮にその1割が立ち寄れば3600人、5%でも1800人です。当社はこの物件をおさえるのに5500万円以上の投資をしています。それを300万円ほどの加盟金によって経営できるのです」
「なるほど。で、地下鉄が開通した後はどのくらいの売り上げが見込めるのでしょう」
「確かなことは言えないのですが、最初のうちは日販で45万円。軌道にのれば50万円はいくかと」
勧誘員はそう言って『見積損益試算表』と書かれた1枚の紙片を差し出した。そこには日販60万円から5万円きざみで30万円までの7パターンの損益モデルが記載されている。
ちなみに日販50万円だと「本部チャージ」は月額(以下同)232万500円で、「FC総収入」(諸経費を差し引く前のオーナーの粗利)も232万500円である。そして経費の「標準額」として、人件費90万円、廃棄ロス39万円、棚卸ロス3万円、水道光熱費26万円……などとあり、「差引利益」(オーナーの実質収入)は49万2000円と試算されている。
つまり夫婦で働いて(コンビニ経営は夫婦で専従が基本)年収600万円弱、という条件が呈示されたわけである。
「駅の真ん前という好立地にしては、たいした額ではないですね」と記者が問うと、勧誘員はこう答える。
「あくまで抑え目の数字ですから。また日販が同じ50万円でも、人件費を抑え、廃棄を減らせば、オーナーさんの利益はもっと多くなります」
オーナーというと、どこか裕福というイメージがあるが、夫婦で年収600万円は、一般のサラリーマン家庭の共働きと比べて、必ずしも高いとはいえない。仮に、600万円で十分だという人がいたとしても、そのために300万円もの加盟金を払うという決断は、なかなかつくものではないだろう。
しかも、50万円の日販が確保できたとしても、実際にかかる営業経費が、ローソン本部が「標準」とする額で収まる保証はない。
たとえばローソンが試算した90万円という「標準人件費」。これは、1日あたりのアルバイト代金が31時間分発生するという前提によって算出されている。この31時間に、神奈川県の平均時給968円をかけると月90万円になるわけだ。
コンビニには24時間、常時2人以上の人員が必要である。客の少ない深夜でも防犯上2人体制を維持せざるをえず(しかも深夜の時給は高くなる)、繁忙時(たとえば通勤・通学時間帯や昼食時)には3人以上が必要になる。
つまりコンビニの経営には1日あたり最低でも2人×24時間=48時間に、3人体制が必要となるα時間、すなわち48+α時間分の人件費が必要ということだ。
そして1日31時間のアルバイト代で済ませるということは、最低でも48+α―31=17+α時間はオーナー夫婦が店番をしなくてはいけないということである。
αを仮に3時間とすれば、オーナー夫婦は毎日17+3=20時間(1人あたり10時間)店に出て働かなければならないということだ。年中無休だから1カ月の労働時間は2人で600時間。その報酬(あくまで標準)が49万2000円というわけだ。ということは、
《49万2000円÷600時間=820円》
これがオーナー夫婦の「時給」ということになる。つまり記者は「神奈川県の標準(968円)よりも安い時給で、(バイトが集まりにくい)早朝・深夜勤務を奥さんと手分けしながらカバーしませんか」と提案されたようなものである。
ローソン本部が試算する「標準」の枠内に、人件費や廃棄ロス、棚卸ロスなどの経費が収まってくれればまだ救いはある。しかし収まらなければ、820円という「時給」はさらに下がることになる。
ローソン以外のチェーンも含めた複数の現役オーナーに聞くと、人件費は100万円を超えるのが一般的で、廃棄ロス(売れ残って廃棄せざるを得なくなった弁当などの仕入れ原価)も、ローソン本部が試算する標準額以上のケースが多い。人件費と廃棄ロスが標準額よりそれぞれ10万円ずつ上回ってしまったら、オーナー夫婦の月収は30万円を切ってしまう。
ちなみに勧誘員が見せてくれたその試算表には、小さな文字でこう記されていた。
《当見積試算は、弊社の定める基準に基づく標準の見積試算であり、契約店鋪の売上および利益を保証するものではありません》(後略)