安倍晋三は小泉純一郎に劣らぬ強運の持ち主かもしれない――永田町でそんな声が囁かれている。
恥も外聞もない総裁選の論功行賞人事を行い、悪い噂のある議員を閣僚に登用した。農水相の松岡利勝や官房長官の塩崎恭久、総務相の菅義偉らは、小泉政権なら政務秘書官だった飯島勲の「身体検査」に確実にひっかかる。しかも閣僚、党人事とも派閥への配慮がミエミエで、小泉がぶっ壊したはずの旧自民党の匂いが蘇りつつある。
それでも支持率は上昇傾向にある。言わずと知れた北朝鮮・金正日の狂ったような核実験のお陰だ。小泉政権で険悪だった中国との関係を首相就任直後の速攻訪問で改善したその日に核実験があり、翌日は韓国訪問。ならず者国家がミサイルに核弾頭をつけて日本を狙うかもしれない空前の危機の前に、論功人事や派閥人事への批判はどこかへ吹き飛んだ。
中国国家主席・胡錦濤や韓国大統領・盧武鉉との会談は、安倍の歴史認識や靖国神社参拝をめぐって国内から「これまでの発言と違う」と変節を責める声が噴出する可能性のある内容だ。だが、それも金正日の狂気に対抗するのを優先するなら黙っているしかない。
確かにこれまでのところ安倍はついている。核実験に加えて、対抗相手の民主党代表・小沢一郎の体が限界寸前であることも判明した。神奈川と大阪の衆院補選街頭応援で二カ所目には声が出ず脂汗を流すようでは、政権を担う資格はない。お陰で安倍は、来年の参院選に向けて参院自民党議員会長の青木幹雄と候補者差し替えのやり取りをする必要も薄れた。北朝鮮のドンが支持率を押し上げてくれ、民主党のドンがコケそうなので、参院のドンと無理をして命懸けで戦わずとも選挙に勝てるという雰囲気が自民党内に漂っている。
だが、本当にそうなのか。北朝鮮問題の熱気が冷めれば人事のツケが回ってくるのではないか、政界関係者の関心はそこにある。その場合、安倍の人気を低下させ、参院選に負ける原因をつくりそうな第1候補は幹事長の中川秀直だ。安倍は麻生太郎を幹事長にしたかった。しかし、中川とその兄貴分の元首相・森喜朗に押し切られた。その優柔不断が、安倍政権の命取りになる懸念がある。
安倍が中川を幹事長にしたくなかったのは、過去の覚醒剤の話まである愛人問題ばかりではない。その政治的体質があまりに旧自民党的だからだ。摘発が進む和歌山県発注のトンネル工事談合事件でキーマンとされるゴルフ場経営会社社長は、公共工事をめぐる政界フィクサーとして知られ、中川や国対委員長となった二階俊博とは昵懇だ。中川の周辺には北朝鮮にも献金している在日韓国人のタクシー会社社長ら、安倍政権として警戒すべき人物が多い。
「閣僚は受けない」と中川が安倍にそう嘯いたのは「身体検査」をすればレッドカードだからというのが永田町の常識的な見方。その中川は、自分が幹事長になることを前提に人事カードを切りまくり、安倍政権の人事の相当部分を差配した。「中川さんは走りすぎだ」と周辺にこぼしながら安倍は押し切られた。
その結果、無所属議員がこぞって派閥入りを始める回帰現象が起こり、古賀誠は派閥領袖になり、二階は古賀や武部勤、大島理森ら国対委員長経験者を集めて昔風の実力者サロンをつくった。(後略)