記事(一部抜粋):2006年10月掲載

連 載

貸付残高10兆円は「砂上の楼閣」 

【岐路に立つ消費者金融】中川一博  

(前略)
 当初案に比べ、利率、貸出額、存続期間とも圧縮されたとはいえ、グレーゾーン金利撤廃の抜け穴になると批判の大きい特例高金利は、今後5年間もの間、存続することになった。最高裁が「違法」と判断した金利を、行政府が「特例」として認めることは、政府が率先して法の抜け道をつくることにほかならず、法治国家として、あってはならない事態だと私は思う。
 それにしても、貸金業者の陳情を受けた自民党議員のみならず、金融庁までが率先してこのような掟破りの特例づくりに加担したことを、我々国民はいったいどう理解し、納得すればいいのか。
 グレーゾーンが撤廃されれば、貸金業者の経営が致命的な打撃を被るのは確かだろう。体力のある大手消費者金融会社でさえ利益の大半が吹き飛ぶと、証券アナリストなどは試算を弾いている。だが、同じ消費者金融でも、モビット、アットローンなどの銀行系は、利息制限法の上限金利以下の年利で貸し付けを行っている。法律の枠内で営業努力するよう指導するのが、行政府の本来の役目のはずだ。
 これはあくまで私の想像だが、金融庁は、グレーゾーンの撤廃が単に中小業者の淘汰や、大手の利益を吹き飛ばす程度では済まず、日本経済に深刻な打撃を与える大きな爆弾であることを十二分に認識しており、だからこそ「特例」を認め、時間稼ぎをしたのではないだろうか。
 消費者金融業界に20年以上身をおき、その経営をつぶさに見続けた経験から、私は、消費者金融業界が保有する「貸付残高」が世間で思われているほど確固としたものではないことを、この場を借りて指摘したいと思う。
 金融庁のまとめによると、消費者金融業者4462社の無担保貸付残高は10兆6221億円(2005年3月末)である。このうち大手24社が9兆5758億円を占め、残りの1兆円あまりを大手以外の4435社が占めている。
 このことからも分かるように、中小以下の消費者金融会社の貸付残高は、大手とは比べものにならないほど僅少で、誤解を恐れずにいえば、グレーゾーン撤廃でこうした業者が立ち行かなくなったとしても、国民経済的にはそれほど大きな影響はない。つまりグレーゾーン問題とは、極論すれば、大手もしくは準大手業者と、その貸付先の問題だということができる。
 それはともかく、ここで重要なのは、消費者金融業界の10兆円にのぼる貸付残高の「内訳」である。
 たとえばAという顧客が8年前に100万円を借り、その後月々の返済を続けてきたが、現在も元本が50万円残っているとしよう。この50万円は業者の貸付残高、つまり資産に計上されている。
 しかし8年間もグレーゾーン金利で利息を払い続けているということは、利息制限法で「引き直し」を行えば、利息の払い過ぎが明らかになり、Aさんは業者に過払い請求することが可能であることを意味している。つまり、Aさんは残った元本50万円を返済する義務がないだけでなく、過去に払い過ぎた利息を取り返すこともできるということだ。
 そうなると業者にとっては50万円の貸付残高が吹き飛ぶだけでなく、過払い利息の返還分を、バランスシート上の負債に計上しなければならなくなる。
 実は消費者金融の10兆円という貸付残高の相当部分が、こうした砂上の楼閣的な資産であり、それらはいつ負債に転化してもおかしくない性質のものなのだ。
 金利や返済状況にもよるが、ざっくりいって、最初の借り入れ後、グレーゾーン金利で5年以上返済を続けている人は、返済元本が残っていたとしても、利息制限法の金利に引き直せば返済義務がなくなる計算になる。5年以上返済をしている人は、逆に過払い金が発生する。
 したがって、消費者金融全体の貸付残高10兆円のうち、仮に5兆円が5年以上の債権だとすれば、その5兆円は一瞬にして消滅してしまいかねない「幻の資産」ということになる。そればかりか、過払い分を返済しなくてはならないとなれば、残りの資産5兆円の相当部分も消えてなくなることを意味する。
 消費者金融各社は、それぞれの貸付残高について、たとえばその金額別(10万円以下が△△%、30万円以下が××%等)や地域別、債務者の年齢別の割合などはディスクローズしているが、借り入れ後何年経過したかについての情報は一切、公開していない。
 おそらく、公開してしまったら最後、アナリストによって、公表されている貸付残高の「実質金額」が即座に弾き出されるはずだ。そうなれば業界は上を下への大騒ぎである。
 もちろん業界が大騒ぎするだけでは済まない。10兆円が砂上の楼閣であることが分かった瞬間、消費者金融の背後に控える銀行が致命的な打撃を被る。金融危機が再燃し、日本経済が再び失速する可能性すらあるだろう。
 読者の中には、10兆円が砂上の楼閣だなんて大袈裟だ、と思われる方が少なくないかもしれない。しかし私自身が、武富士に在籍していた当時に貸出残高の借り入れ後の年数別割合を示す資料を目にした経験からいうと、大袈裟でもなんでもないと言わざるをえない。そして金融庁も、そうした消費者金融業界の実態を、当然ながら把握しているはずなのである。
 グレーゾーンの撤廃は、実は世間の人たちが思っている以上に大きなインパクトがある。会社の利益が吹き飛ぶどころか、会社そのものが吹き飛ぶかもしれないのだ。
(後略)

 

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