9月26日開会の臨時国会で新首相に選出された安倍晋三は、どんな方針と態度で経済を運営していくのだろうか。
「成長していかなければ、少子化対策も財政再建もできない」。「経済に弱い」という世評を跳ね返す狙いか、安倍は9月11日、日本記者クラブで開かれた自民党総裁候補の討論会で、基本的主張の冒頭で成長戦略を強調した。ところが、その足元でボロが出ている。
問題になっているのは、「次期首相候補の経済政策と投資戦略」と題するリポート。日興シティグループ証券の日本株ストラテジスト・藤田勉が、8月14日から22日まで8回にわたって顧客の機関投資家向けに発信したものだ。新政権発足を前にその経済政策を予測することはどこの証券会社もやっているが、藤田のリポートが他に例を見ないのは、「安倍氏本人から取材したものを中心に記述している」と明記している点だ(藤田は9月7日には『安倍晋三の経済政策を読む』という本も出版している)。
安倍は9月1日に総裁選立候補を正式表明し、項目を並べただけのごく簡単な「政権公約」を発表しているが、それよりはるか以前に藤田氏には詳細な経済政策を伝えていたわけだ。兜町や永田町で「首相候補者が特定の証券会社にこのような情報を漏らしていいのか」とする声が上がっているのも当然だ。
しかもリポートは、安倍内閣の政策でメリットを受ける産業として、?インターネット・携帯電話、?ものづくり技術関連、?金融、?不動産、?医療・介護サービスを挙げ、各産業ごとに「注目銘柄」を掲げている。
?ではヤフー、楽天、一休、?ではファナック、SMC、?ではマネックス・ビーンズ・ホールディングス、スパークス・アセット・マネジメント投信、ドリームインキュベータ、?ではシンプレクス・インベストメント・アドバイザー、パーク24、?ではグッドウィルグループの合計13銘柄だ(他に中外製薬とフジテレビジョンも紹介している)。
こうなると、安倍が一部の証券会社の商売に利用されたと言わざるを得ないだろう。これらの銘柄が「安倍関連株」として注目され、得をしたり損をしたりする投資家が出る可能性もあるわけで、首相候補としてはまことに脇が甘い。
思い出すのは、若さを売り物にトップの座を射止めながら、偽メール事件で躓いた民主党の前原誠司・前代表だ。同じように躓くことを自民党内の反安倍勢力は密かに期待しているらしい。
ところで、新首相の経済政策はどのようなものか。くだんのリポートによれば、「オープンとイノベーション」重視の経済成長戦略と、格差を固定しないための「再チャレンジ推進」の2点が小泉純一郎政権の政策と異なるという。
このうち「オープン」とは、ハゲタカファンドなどと嫌われることの多い海外からの投資も歓迎するとともに、中国、インドなどアジアの成長を取り込んでいくという意味だ。また「イノベーション」は、普通はものづくりにおける技術革新と捉えられているが、もっと広い意味で、革新的な製品やサービス、ビジネスモデルなどを生み出していくことまで含んでいる。そしてIT(情報技術)を各分野で活用して生産性を高めれば、年平均3、4%の成長も不可能ではないと安倍は主張する。
確かに成長率が高くなれば税収が増え、増税幅は小さくできるし、少子化対策の財源も確保しやすくなる。問題は、そんな成長をどうやって実現するかである。政府が7月に決めた「骨太の方針」では、生産性の向上策や技術革新の促進策を盛り込んだ「成長戦略」を前提に、二〇一一年に向けた中期的な成長率を実質2.2%と見込んでいる。
それ以上の成長を実現する具体策について安倍は「税制改正による投資促進や規制緩和」を挙げるだけだ。同じく高成長を目指す麻生太郎外相が、企業向けに大胆な政策減税を行うと断言しているのに比べても歯切れが悪い。
その点では、民主党代表に再選された小沢一郎の「日本はもう経済成長を優先する時代ではない。内需を基本にした成熟社会を目指すべきだ」という主張の方が、よほど地に足がついている。(後略)