首相の小泉純一郎が国会の会期を延長せず6月18日で打ち切ると言い出した5月下旬、その真意をめぐってさまざまな憶測が飛び交った。教育基本法改正案や国民投票法案などの重要法案はむろん、民主党と話がつきそうだった共謀罪(組織犯罪処罰法改正案)も、軒並み先送りになる。誰が考えても政権担当者として無責任も甚だしいからだ。
「早く辞めたいのだろう」というのが大方の受け止め方だった。7月中旬のサンクトペテルベルグ・サミットで首相として果たす責務は終わる。国会がなければ退陣表明しても国政上の混乱はない。派閥領袖クラスは一時、9月の総裁選が前倒しになると慌てたほどだ。
小泉には、首相を辞めたらヨリを戻すと約束した愛人がいる。だから一刻も早く自由になりたいのだという解説もあった。だが、小泉は即座に早期退陣を否定、総裁選の投票日は9月20日ごろと改めて明言した。小泉の視線は、総裁選をめぐる政局に向いていたのだ。
「状況が変わった」。5月30日、会期延長を求めた自民党参院幹事長の片山虎之助に小泉はそう説明した。同月8日の同党参院議員会長、青木幹雄との会談で小泉は「会期延長をするかどうかは、重要法案の動向をみたうえで会期末に判断する」と約束していた。なのに「状況が変わった」という。
変わったのは首相の靖国神社参拝の是非をめぐる論議だ。遺族会会長で元幹事長の古賀誠は5月18日、総裁選に向けた丹羽・古賀派の勉強会で、中国などに配慮し靖国神社に祭られているA級戦犯の分祀を求める私案を提示した。総裁候補の元官房長官、福田康夫は同月29日に名古屋で講演し「トップも国民も感情的になっているのは最低」と中国との関係を悪化させている小泉の靖国参拝を痛烈に批判した。
こうした動きを機に、自民党内に潜在していた次の首相が靖国を参拝することを不安に思う感情が表面化した。経済同友会をはじめ財界や連立を組む公明党の意向が背景にある。親中派とされる議員だけでなく、党全体にポスト小泉は誰にせよ靖国参拝はやめておいたほうがよい、という空気が広がった。
官房長官の安倍晋三はもともと靖国参拝賛成論者だ。そこで反安倍陣営は、靖国参拝を争点とすることで反安倍包囲網を敷く戦略を進めている。そして、安倍を支持する政調会長の中川秀直や幹事長の武部勤、安倍擁立で森派一本化もやむをえないと考え始めた元首相の森喜朗らも、「安倍が首相になっても靖国参拝はない」と言い始めた。安倍自身が総裁選を有利にするため、参拝を明言しない方針に傾いたからだ。
こうした自民党内の動きは、小泉にしてみれば、「参拝は心の問題」と中国に外向的自主性で対峙してきた自身の信念を否定されたに等しい。
小泉は国会延長をしないと決めた5月下旬、秘書官の飯島勲に8月15日の終戦記念日に靖国参拝をすると耳打ちし、併せて内閣情報調査室に内外で予想される影響について調査・分析するよう指示した。15日のサプライズ参拝で一気に形成逆転を図る方向を模索し始めたのだ。(攻略)