記事(一部抜粋):2006年6月掲載

連 載シリーズ

サラ金とパチンコのグレーゾーン

【岐路に立つ消費者金融】中川一博  

 チワワのCMで企業イメージと業績をアップさせてきた消費者金融大手の「アイフル」が、違法な取り立てを放置してきたとして、金融庁から全店営業停止という厳しい処分を受けた。与謝野馨・金融相が「刑事事件になりかねないような(委任状の)偽造など、色々ある」と記者会見で述べていたように、確かにアイフルの違法行為は悪質だった。
 とはいえ、私が在籍していた「武富士」でもそうだったが、社員は自ら好きこのんでヤクザまがいの苛烈な取り立てをしているわけではない。上司から無理なノルマを押し付けられ、それを消化しなければ社内で生き残っていけないがゆえに、ついつい一線を越えてしまうのである。
 かくいう私も、上司(武井保雄・武富士前会長)から、右翼・暴力団・総会屋、さらには警察などとの表沙汰にできない交渉を任され、社内で生き残るため、また家族の生活のために、違法なことと知りつつも、その「裏仕事」に邁進していた時期がある。おかげで私と、私にそれを命じた上司が司直の手をわずらわせるハメにもなった。
 それはともかく、アイフルの事件は貸金業界全体にとっても痛恨の出来事だった。なぜなら貸金業規制強化の流れに、事件がさらに拍車をかけることになったからだ。
 とりわけ、利息制限法が定める上限金利(年15〜20%)と出資法で認められた上限金利(同29.2%)の間、すなわち20〜29.2%のいわゆるグレーゾーン金利について、これを撤廃して利息制限法の上限に一本化すべしという意見が勢いを増すことになったのは、業界にとって大きな誤算だった。
 アイフル、武富士、アコム、プロミスなどの大手から中堅・中小に至るまで、ほとんど全ての消費者金融会社は、年利20%台のグレーゾーンで商売をしている。そのこと自体が、利息制限法に違反しているわけだが、同法には罰則規定がないうえ、20%を超える金利で顧客に貸し付けても顧客がそれに納得していればそれでよしとする当局のお墨付きもあって、消費者金融業界は長年、このグレーゾーンを存分に活用して高収益をあげてきた。
 しかし最高裁が今年1月、グレーゾーン金利分の利息を債務者は支払う必要がない、との踏み込んだ判断を示したことで状況は一変した。グレーゾーン分の利息は、業者が不当に得た利得とみなされ、債務者がその返還を求めたら、耳を揃えて返金しなくてはいけないことになったのだ。つまりビジネスモデルそのものに、法的に問題ありとの烙印が押されたわけである。
 アイフルショックの余燼がいまだ燻る4月末、『朝日新聞』に「パチンコ店業界、株式上場不発、ジャスダックが申請却下」と題する記事が掲載された。記事によれば、パチンコホール・チェーンから上場申請を受けたジャスダック証券取引所は、出玉の景品を換金する業界慣行の合法性が曖昧なため、投資家保護を果たせないと判断し、上場を認めないことを決めたという。
 パチンコで遊んだことのある人は分かるだろうが、出玉は現金に換金されるのが普通だ。しかしパチンコホールが客に直接現金や有価証券を渡すと、刑法が禁じる賭博に抵触してしまう。そこで?客はホールで出玉を景品に交換し、?それを店外の景品買い取り所で現金に換える、?現金と交換された景品は問屋を通してホールに戻される――という手順が踏まれることになる。これを「3店方式」といい、警察庁は「ホール、買い取り所、問屋が別経営であれば直ちに違法とはいえない」として、これを黙認してきた。
 パチンコホールの上場に際して常に問題となるのは、この3店方式が「直ちに違法とはいえないが、適法とも言い切れない」、つまり法的にグレーゾーンにあることだ。
 朝日新聞は名前を出していないが、今回、ジャスダックから「上場不可」を宣告されたのは、業界大手のピーアークホールディングスとみられている。同社は業績だけみれば東証1部に直接上場しておかしくないだけの実力があり、ホームページで決算短信を公表するなどIR(投資家向け広報)にも積極的に取り組んでいる。それでも上場できなかったのは、グレーゾーンビジネス=上場企業として相応しくないと判断されたからにほかならない。
 パチンコホールが上場申請を却下され続ける一方で、同じようにグレーゾーンで商売する消費者金融は上場を果たしている。ホール関係者から、なぜサラ金は上場できて我々はできないのかとの恨み節が聞こえてきそうだ。
 違法性の疑いがあるグレーゾーンで利益をあげる消費者金融が、株式を公開し、高収益企業として脚光を浴び、さらには日本経団連にまで加盟していたこと自体が、今にして思えば異常だったのかもしれない(そういう会社に勤めていた者が何を言うか、との当然の批判は甘んじて受ける)。
 1993年秋にアコム、プロミス、三洋信販が相次いで株式公開を果たした際には、かなりの紆余曲折があったと聞いている。消費者金融にとって幸運だったのは、当時の証券業界が、相場を活性化するために、つまり自分たちの利益のために、話題性があり、高収益の消費者金融会社の上場を望み、大蔵省もグレーゾーン問題をことさら問題視せず、むしろ省益の拡大につながると考えたフシすらあったことである。
 当時最大手の武富士は、先行3社に遅れること3年、96年8月に店頭公開を果たすのだが、同社の場合はグレーゾーンの問題以上にやっかいなトラブルをいくつも抱えており、ひょっとしたら上場できないのではないか、という懸念が社内に充満していたのも事実である。
 なにしろ、上場計画を伝え聞いた右翼団体が、武富士ばかりか主幹事の野村証券、日本証券業協会などにも街宣車を飛ばし、武富士を上場させるとはけしからんと、猛烈な抗議活動を展開したのだ。しかも、彼らの抗議がまったくの言い掛かりとは言い切れないところが、さらにやっかいだった。結局、右翼団体の抗議を止めさせるために、その筋の協力を仰ぐことになるのだが、文字通り、薄氷を踏む思いをさせられた。
 それにしても現在のアイフルショック、パチンコホールの上場拒否、そして武富士が当時頼った「その筋」が都心のビルの不正登記事件で最近逮捕されている事実を鑑みると、武富士が上場できたのは奇跡といっていい。仮に当時の状況が今と同じであったなら、武富士の上場はまず不可能だったろう。アコム以下の同業他社についても、果たして上場できたかどうか、かなり怪しいと思う。
 証券業界では長らく、上場させてはいけない業種として、消費者金融とパチンコホールが双璧をなしてきた。そうした証券界の本音を痛感させられた、忘れられない出来事がある。
 武富士がどうにか株式公開に漕ぎ着けてから1年近くが経った97年6月ころ、武井氏の知人が野村証券の窓口で、武富士株を購入しようとした。すると野村の担当者がこう言ったという。
「武富士にカネを借りにいく客というのは、パチンコをやっている連中ばかり。そんな会社の株は買わないほうがいい」
 担当者はそう言って、別の銘柄を勧めたという。そのことを伝え聞いた武井氏は烈火のごとく怒った。
 同じころ、野村がマーケットの取引終了時間間際に武富士株を売却し、それによって株価が押し下げられるという出来事もあって、武井氏もさすがに耐えかねたのだろう。
「野村に『ダイナマイトをぶち込むぞ』とでも言って脅してやろうか」
 と不敵な表情を浮かべて、実際に野村の幹部に直接電話を入れ、こう凄んでみせたのである。
「俺もからだ張りますよ」(後略)

 

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