社会・文化
「プライベートバンカー」という役割
ライブドア事件でも注目、金融技術を駆使する凄腕の「執事」たち
日本ではあまり馴染みがないが、欧米には超のつく資産家を顧客に持つ「プライベートバンカー」と呼ばれる銀行員がいる。だが実際のところ、所属する銀行より資産家に忠誠を尽くし、それも2代、3代にわたって仕えるから、財務面での「執事」といった方が相応しい。
こうしたプライベートバンカーは、王侯貴族、中東の石油王、大企業のオーナー経営者といった文字通りの大金持ちの資産を、増やすというよりは世界を視野に入れて、保全することに腐心する。
各国の税制を研究、カントリーリスクを計算、天変地異のことまで考えながら、どの国にどんな商品をどんな形で蓄えるのがベストであるかを、顧客の立場に立って考え、必要とあれば子供の進学、就職、そして永住の地としてどこが相応しいかまで提案する。
スイスを源流とするこのプライベートバンカーは、経済のグローバル化と富裕層の拡散などを主因に、サービスの範囲を広げつつある。つまりプライベートバンク業務の一般化、大衆化であり、超のつく資産家でなくともある程度の富裕層ならサービスを受けられるようになった。
こうして日本でも外資を中心にプライベートバンクサービスを展開する金融機関が増えてきた。執事的な顧客のために粉骨砕身する本格的なプライベートバンクではなく、バンキングサービスといった趣だが、「海外を視野に入れた資産保全」といったバンカーの狙いは変わらない。
前置きが長くなったが、ライブドア事件で2人のプライベートバンカーが堀江貴文被告らの海外資産隠しに関与したと指摘され、そのうちの1人が東京地検特捜部の家宅捜索まで受けているという背景には、そうした事情がある。
堀江被告らは、ライブドアが事実上、支配する投資事業組合を使い、実際は金銭による買収なのに、「株式交換による買収」と偽って発表、100分割などで株価を高騰させ、投資組合の持つ新株を高値売却して利益計上したことが、証券取引法違反(偽計、風説の流布)だとして起訴された。
2人のプライベートバンカーが関与したのは、こうしたスキームよりむしろ、高値売却の結果、香港の投資組合に蓄積された資金を、最終的に堀江被告らが支配するスイス系銀行の口座に移し変えることだったと言われている。
資金の流れの詳細が判明したわけではないし、口座の開設や資金移動に違法性があるかどうかは不明。ただ、投資組合は利益を全額、出資者への配当に充てなければならないのに、それが個人口座に入っていて、しかも説明のつかない振り込みなら、口座所有者の堀江被告らは、背任、横領、脱税などさまざまな疑いをかけられよう。
2人のうち家宅捜索を受けたバンカーをA氏としておこう。国内大手証券を経てクレディ・スイス入り。金融技術を磨いて独立、都内にコンサルタント事務所を構えている。
もうひとりのB氏は、A氏とは別の国内大手証券を経てクレディ・スイス入り。ジュネーブに本部があるプライベートバンク部門で幹部をつとめ、今は香港支店に勤務する。豊富な人脈と金融技術で社内でも高い評価を受けているという。
クレディ・スイスは一五〇年の歴史を有するスイスの代表的な銀行で、100以上の国に拠点を持ち、4万人以上の従業員を有するスイス有数の銀行だ。日本への進出も早かったが、1999年、グループ内のクレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ銀行が検査忌避事件を起こし、元東京支店長が逮捕されたことで、出足は鈍った。だが、その後は香港を拠点に日本の富裕層を抱え込む戦略を立てたのだった。
注意すべきは、冒頭のような純然たる意味のプライベートバンクも、クレディ・スイスのような商業銀行のプライベートバンキング部門も、合法的な顧客サービスに徹していることだ。税負担の高い国から安い国への資産移動は資産家にとっては当たり前の話で、そうした租税回避措置をサービスするのは違法でもなんでもない。
とはいえ、資産のなかには「良質」なものもマネーロンダリングを目的とするような「悪質」なものもあり、その「違法性の手伝い」を、プライベートバンカーが結果的に行うことがある。公判途中ではあるが、旧五菱会事件がそうだった。(後略)