記事(一部抜粋):2006年2月掲載

社会・文化

国家意思を見誤ったホリエモン

「社会規範」を犯す企業を認めることはできない

 ライブドアがニッポン放送株を買い占め、フジサンケイグループを揺さぶっていた最中に、証券取引等監視委員会の幹部がこう漏らしたことがある。
「株高を演出するための大型分割、TOB規制逃れの時間外市場内取引と、ライブドアのマーケットルールを無視した成長戦略は目に余る。今、すぐにというわけではないが、徹底調査のうえで摘発することになるだろう」――この言葉は、1年近い歳月を経て、現実のものとなった。
 1月16日、東京地検特捜部と証券取引等監視委員会は、企業買収を巡って虚偽の発表をしたり、利益を水増しした決算発表をしていた疑いがあるとして、ライブドアの強制捜査に乗り出した。
 ライブドアは、挑戦的な堀江貴文社長の個性もあって、既存の企業秩序を打ち壊すことに、存在意義を示しながら成長戦略を描いてきた会社である。
 たとえば会社と社員の関係――終身雇用と年功序列を軸に、運命共同体的な「連帯」を結ぶのがニッポン株式会社の原点とするならば、ライブドアは個人事業者と会社が雇用契約を結んだようなものだった。
「交際費はないしパソコンは自前。ライブドア社員という名刺とデスクを与えるから仕事を創出して稼げ、という会社です。できる人には高額の報酬が約束されるが、稼げなければ自動的に追い出される。シンプルな能力主義が徹底していました」(元社員)
 インターネットというバーチャルな世界で覇者となるためには、通常の企業が5年、10年かけて築き上げる業界や社会との信頼関係を1年で確立しなければならない。先陣を切ってシェアを確保した業者のみがネット界では生き残れるからだ。
 ITバブル最後の上場企業であったライブドアは、ポータルサイト事業はもちろん、オークション、商店街、金融、広告などネットを通じたビジネスのあらゆる分野で遅れを取り、2番手以下を余儀なくされた。
 その遅れを挽回、覇者への道を歩む方法はひとつしかない。買収に次ぐ買収を重ねて事業分野を広げつつ株式時価総額を大きくするという拡大拡張戦略である。
 そのために組織は能力主義の徹底したシンプルなものでなくてはならず、堀江社長は既存の企業秩序への挑戦者でなくてはならなかった。「老人」が支配するプロ野球のオーナー会議に乗り込み、規制業種の権化ともいうべき放送業界を揺さぶったのは、ドッグイヤーを生き抜く覚悟の堀江社長にとって、当然の選択だった。
 むろん秩序の側は甘くない。
 読売グループの渡辺恒雄会長は不快感を表明、フジサンケイグループはライブドアグループの不明朗取引を、監視委員会を始めとする捜査当局に持ち込んだ。そうした動きがなくとも、「法」は守るが「モラル」は無視のライブドアに、捜査当局が摘発の意向を持っていたのは冒頭の証言通りである。
 検察関係者がこう補足する。
「法律さえ犯さなければなにをしても許されるという発想は、社会秩序の観点からは危険だ。法の前に人として企業として、犯してはならない不文律がある。それを踏み越えることを常態化しているような企業を認めることはできない」
 強盗、放火、殺人といった明確な犯罪を摘発する警察と異なり、地検特捜部が手がける事件は被害者の姿が明確ではない。「マーケット荒らし」ともいうべきライブドアの成長戦略の被害者は、小さく捉えればライブドアのIR(投資家向け広報)を信じて株式を購入した一般投資家であり、大きく捉えれば「不文律」と「モラル」を踏みにじられた証券市場である。
 今回、検察と監視委員会は、ライブドアのビジネススタイルを「秩序への挑戦」と受け止めた。新興企業は「破壊者」としての側面を抱え持ち、その存在が資本市場を活性化させるのだが、ライブドアの手法は秩序側の許容範囲を超えていたわけである。(後略)

 

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