私が罪を犯したのは、偽造を見破れなかった民間検査機関のせいです。彼らが務めを果たしていたら、こんなに罪を重ねることはなかった――。
国会の証人喚問でこう語った姉歯秀次元建築士のことを、普通は「盗人猛々しい」という。木村建設の篠塚明・元東京支店長からプレッシャーを受けたのが偽装に至る原因だったという弁明と合わせ、責任感とモラルがまったく欠如、反省の色をまったく見せず、能面のような表情で淡々と語る姉歯元設計士は、見苦しく不気味ですらある。
ただ、数多くの構造的問題を抱える今回の事件で、今後の教訓として活かされる最大の成果は、建造物の最後のチェック機関となるべき確認検査機関が、まったくその役割を果たしていないことが明らかになったことである。
「構造がわかる人間なら、自分の計算書の偽装など、すぐに見破れるはずだ」
インタビューなどで、それまでもこう語っていた姉歯元建築士は、喚問の場で最も多くの偽装を見逃したイーホームズに対して、決定的とも思えるこんな評価をした。
「明らかにイーホームズは審査が通りやすいというか、見ていないのが実情だと思う。最短2週間で(確認が)下りる場合があるので、担当者は実質的には数時間しか見ていないと思う」
見ていない、とまで断言されたイーホームズは、自社のホームページなどで必死の反論を試みてはいるが、もはや失うものがない姉歯元設計士の偽証罪を意識しなければならない国会での発言だけに、「見ていないのが実情」という言葉は真実に近かろう。
実際、オフレコベースでは検査機関の関係者は「姉歯証言」を肯定するのだった。
「構造計算書と図面を突き合せてチェックしているような検査機関は、残念ながらほとんどありません。形が整っていれば、『めくら判』を押していたのが実情。激しい受注競争で検査料が安くなり、手間隙かけている余裕がなかった」(大手検査機関幹部)
1998年の建築基準法の改正で、それまで役所が行っていた建築確認は、民間の指定検査機関でも可能になった。
「民営化」はビジネスチャンスを生む。今回、話題となった日本ERIやイーホームズなどが続々と設立され、確認検査業務を「みなし公務員」として担うようになった。今やその数は全国で120機関を超え、毎年、増え続けている。
その当然の帰結として、検査料はダンピングされ、検査期間の短さが競われるようになった。
「役所が建築確認を手がけていた時代と、検査料はほとんど変わらないんです。10センチ以上もあるような、構造計算書を含めた各種資料を読み込まなければならないんですが、値段は平均的な中規模マンションで20万円ぐらいのもの。これでは、正直、手抜きにもなります」(検査機関代表)
一連の報道で、建築士業界から出されたのは、「建築士は悪いことをしないという性善説で日本の建築システムは成り立っている」という弁明だった。
性善説が手抜き検査につながり、それを前提に検査料の下落を招いているという堂々巡りが、結局、「ろくな検査をしない建築確認」となって「姉歯」という鬼っ子を生んだ。この事態は、「民営化」を話し合っている時から、実は危惧されていた。
今回、建築確認の民営化論者としてクローズアップされたのが、森喜朗、小泉純一郎両政権で官房副長官を務めた上野公成・前参議院議員(2004年の参院選で落選)だった。大臣認定の第一号で最大の検査機関である日本ERIの鈴木崇英社長から300万円の個人献金を受けていたとして、国会でも話題になった。
旧建設省のキャリア官僚出身で、建築基準法改正法案を提出した時の小川忠男住宅局長(当時)とも親しい関係にある。政治と行政と業界の要に位置し「民営化」を推進した上野元議員ではあるが、法案を審議する1998年5月28日の国土・環境委員会では、こんな不安を漏らしている。
「民間でおカネを取って確認するわけですから、もし確認に誤りがあった時、そしてそのせいで変なものができあがった時に、誰がどういう形で責任を取るかということを、明確にしておかなきゃいけないわけであります」
さらに上野元議員は、次のような問題点が生じる危険性があると指摘した。
第1に、建築士や施工業者が故意に、違反を承知でやることにどう対処するか。
第2に、思い込みで間違う過失の場合、誰がどう責任を取るのか。
第3に、建築確認の資格を持った検査員の技量が不足している場合、どう対処するか。
上野元議員の危惧は、すべて的中したことになる。(後略)