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福井・日銀「豹変」の舞台裏
財務省の巧妙なシナリオ【金融ジャーナリスト匿名座談会】
C それはそうと興味深いのは、福井総裁の態度だ。日銀総裁に就任して以来、あれだけ政府に迎合的な姿勢を続けてきた人が、なにゆえ豹変したのか。
A 前任の速水優前総裁が政府と真っ向から対立し、ゼロ金利政策を解除したのとは対照的に、福井氏はこれまで政府に迎合する姿勢を示してきた。政府が要求する前に、率先して量的緩和政策を拡大したほどだ。そんな人物が唐突に正反対の態度を取り始めたのだから、確かに興味深い。
B 理由はいくつかあると思う。1つは、竹中大臣が経済担当を外れて、総務大臣に鞍替えしたことだ。竹中氏が経済担当として経済政策のグリップを握っていた時点では、量的緩和を主張する竹中氏と対立すると、そのしっぺ返しが怖い。日銀改革などを持ち出されたら大変だという思いがあった。実際、福井氏は自ら日銀改革の旗を振って、組織改正や人事制度の見直しを行ったが、あれは端的にいって竹中対策だった。竹中氏は経済担当大臣のとき、日銀の発券機能の分離を改革の項目に入れようとした。もし、それが実現しようものなら、福井氏は日銀創設以来最低の総裁というレッテルを日銀内部で張られて、求心力も一挙になくなっただろう。
A 確かに、福井氏が量的緩和政策を見直すトーンを高めたのは内閣改造の後だ。タイミングを見計らっていたということか。
B もう1つの要因は日銀のお家の事情だ。日銀は昔から内輪の都合で動く傾向がある。かつて三重野康夫総裁が退任間近になった際、無理やり公定歩合を引き上げようとしたのもそうだ。
C 今回も日銀内部にはそんな事情があるというわけ? 金融引き締めは日銀の勲章といわれるけど。
B 要するに福井氏が求心力を高めようとしたわけだ。日銀では副総裁に武藤敏郎という大物が控えている。武藤氏は財務事務次官経験者で、現役の財務官僚に対する影響力は絶大だ。財界などでは福井氏より武藤氏の存在を重視する傾向すらある。しかも日銀では来年の上半期に、理事が次々と退任する。福井氏を支えてきたプロパーが相次いで身を引いて、世代交代が進むわけだ。福井氏の求心力が衰えてもおかしくない。
A 福井氏にすれば、武藤氏の存在はやはり気になるだろうね。政界に対する影響力は実際、武藤氏のほうがある。「難局を乗り切るには武藤氏の手腕が必要」といったムードになれば、福井氏の存在感はさらに低下する。福井氏としてはそんな事態は絶対に避けたいところだろう。
B 量的緩和を拡大し続けた福井氏のこれまでのやり方に対しては、日銀の幹部層の間に違和感を持つ向きが少なくない。要するに「福井は軽い」という評価だ。これ以上、福井氏が政府のお先棒をかつぐような態度を続けると、日銀内部の不満が爆発する危険がある。福井氏はそれを見越したのかもしれない。
C 竹中要因を除けば、みんな日銀の内部要因ということになってしまうね(笑)。
A 消費者物価が改善して、デフレ懸念が払拭されつつあるという客観的な事実もあるだろう。量的緩和策を解除するタイミングが来ているのは確かだ。
B だからこそ、福井氏のボルテージも上がっているわけだ。このタイミングまで無視してしまうと、内部的な支持は完全になくなってしまうからね。
A それはそうと、日銀のトップ層は福井氏の考え方で一枚岩になっているのかな。
C そんなことはないだろう。もともと福井氏と2人の副総裁の考えには微妙な違いがある。その溝は今も埋まっていないと思うんだが。
B 埋まってないね。武藤氏は慎重だし、岩田一政氏はインフレターゲット論者だ。その岩田氏は最近でこそ目立った発言はしていないが、うまくいけば、導入したいと思っている。実は武藤氏もインフレターゲットに興味がある。時折、インフレターゲットに触れた前向きな発言をしている。それに対し、福井氏はインフレターゲットには慎重な発言を繰り返してきた。
C それではなぜ、財務省は日銀と手を組んでいるのか。
A 答えは2つある。1つは「反竹中」で一致したこと。もう1つは、竹中派が主張しているような目標率のインフレターゲットを導入すると、長期金利が跳ね上がる恐れがあることだ。長期金利が跳ね上がると、国債価格が暴落して、国債発行が困難になるリスクがある。財政悪化がさらに深刻化してしまう。
B 福井氏をはじめとして、日銀幹部たちは「量的緩和を解除してもゼロ金利政策は簡単には変えない」と言っている。これは味方をしてくれている財務省に対する御礼発言だろう。量的緩和を解除しても、長期金利が上がるような真似はしませんよ、と秋波を送っているわけだ。それに答えて財務省は「日銀が買い込んだ長期国債の一部を買い入れ消却する」と新聞に書かせた。ラブコールに答えたということだが、財務省はさすがに頭がいい。「買い入れ消却すれば、日銀にはさらに国債を買う余力ができる」という話までまぶしこんだのだから。
C そうか。量的緩和を解除した後、長期金利が上がらないようにゼロ金利を続ける約束を日銀にさせたうえに、長期国債をもっと買わせる道筋までつくり上げたわけだ。
A 福井日銀は、なんとしても財務省という味方がほしいから、財務省の主張には反対しない。その足元を財務省はきちんと見抜いている。
(後略)