「どう考えても仕掛けが早すぎる」
自民党のベテラン議員の多くが首を傾げる。2005年12月中旬、首相の小泉純一郎が安倍晋三を後継に指名するかのような発言をした。総裁選は06年の9月。政界の常識では先行馬は本命から外れる。ライバルが結束し敵に回るからだ。「政局が最も得意」な小泉は、そんなことは百も承知しているはずだ。
元首相の森喜朗が「大事にしておきたい」と「安倍温存論」を唱えたのは12月9日。小泉がこれに反論するように、安倍に対し決起を促す発言をしたのがその3日後。外遊中のクアラルンプールでの記者懇談で「チャンスはそう来ない。困難に直面して逃げたらダメだ」「私も誰かを応援する。1票を行使しないといけない」と踏み込んだ。
この2人のやりとりを「得意の小泉劇場」とみるベテラン議員もいる。世論調査で人気ナンバーワンは安倍。幹事長の武部勤が提唱する国民投票もしくは党員投票をやればトップは間違いない。そこで事前にシナリオを書き、「後継は安倍」の流れを一気につくろうとしたというのだ。
ただ、そんな芝居を打っても森にメリットはない。次の首相は国民の反発が必至の消費税率アップを手がけ、07年の参院選を戦わなければならない。森の持論は「安倍にそんな泥を被せるわけにはいかない。同じ森派の福田康夫に代わりをやらせる」という「森派の正論」。その正論を引っ込めれば、派閥領袖としての森の影響力は大きく損なわれる。
森の発言を利用して小泉が仕掛けたとみるのが正解だ。安倍に決起を決意させるだけなら、本人に面と向かって言えば済む。それを記者懇談で言ったところに小泉の意図がある。小泉は明らかに後継総裁をめぐる政局の主導権を握ろうとしているのだ。
小泉の安倍後継指名発言とほぼ時を同じくして、小泉が民主党代表の前原誠司らに大連立を持ちかけたことに注目しなければならない。衆院選が終わり前原が新代表に就任した9月下旬、小泉はウシオ電機会長の牛尾治朗に連立を打診させた。前原は今でこそ「99.99%ない」と言うが、牛尾には「真剣に検討します」と答えている。その後も小泉サイドの誘いは続き、前原周辺など民主党内部にも「衆院選は当分なく政権は遠い。連立して政権入りするのが得策」という声がある。
安倍と前原は集団的自衛権の容認や中国脅威論で一致している。早々と次期自民党の総裁になれば、安倍は党内に多数の敵をつくるかもしれない。だが、安全保障や外交で持論を展開して民主党内で孤立しかねない前原ら民主党中堅グループとは手を組みやすくなる。小泉の独特の政治的勘が、早々と安倍の独走態勢を促したとみるのは深読みだろうか。
安倍と前原が組めば国民人気が上がるのは間違いなく、次期政権の課題となる憲法改正も一気に進む。自民党の世代交代も早まり、小泉の改革に反対するベテラン議員はますます力をそがれる。(後略)