(前略)
大盛工業という東証2部に上場する企業がある。上下水道など公共工事絡みの仕事が多い建設会社で、業績も株価も、当然のことながら低迷していた。この会社が「IR利用の詐欺」を犯したのではないかとして、現在、証券取引等監視委員会が、証券取引法違反(風説の流布)容疑で調査を進めている。
疑惑は、3年前の「大化け」についてである。この時、大盛工業株は急騰、材料は「携帯かけ放題」だった。大手証券幹部が、2002年秋口から03年1月にかけて証券界を賑わせた騒動を証言する。
「大盛工業株に火がついたのは、4500円の定額で携帯電話のかけ放題サービスを行う通信会社を子会社化する、と発表してからでした。月2万円以上の携帯使用料を支払うヘビーユーザーにとっては朗報。大人気は間違いなく、そんな会社を傘下に持つ大盛工業の将来性は高いとして、30円台だった株価はわずか3カ月で110円に沸騰しました」
事実なら画期的サービスだ。大盛工業の人気化もわかる。
ところが、サービスの主体となる子会社のジャパン・メディア・ネットワーク(JMネット)の様子がおかしかった。「いまやります」「すぐやります」とサービス開始を宣言しながら、専用端末すら開発しておらず、一流経済誌出身というふれ込みの社長は技術を知らず、投資家説明会などで、「中継基地などでNTTドコモなどキャリアの力を借りるはずだが、キャリアが4500円といった価格破壊のサービスを行う会社を支援するはずがない!」と投資家が厳しく突っ込むと、タジタジとなって答えられない有様だった。
化けの皮はすぐに剥がれ、JMネットはサービス提供できないまま、04年に負債総額20億円で自己破産した。あの騒動は何だったのかと、クビを傾げざるを得ないのだが、唯一、儲かったのが株価高騰を仕かけた連中だった。
「携帯かけ放題サービス開始」とJMネットが発表する02年11月の直前、50億円分もの新株予約権を引き受けた海外ファンドがある。株価高騰の材料を発表する前に増資を行うとは露骨だが、目論み通りに事が運べば大儲けする。大盛工業は成功例で、増資引き受けファンドは、安値で引き受け、高値で売却、巨利を得た。
問題はこの地味な会社を仕手株化した人脈である。JMネットのそもそもの所有者は、かつて経済事件を数々引き起こして懲役も経験した金融ブローカーのAであり、Aが仕かけたことで大盛工業株には、暴力団金融、証券金融、街金、企業舎弟、事件屋といった危うい勢力が群がることになった。
「ITベンチャーの草分けといわれながら今や地に堕ちたB、バブル期に一世を風靡、先ごろ亡くなったCがAの指南役としてスキームづくりを手伝った。そして金主に街金大手のD、山口組系といわれる複数の金融業者などが関与した」(Aの知人)
これがクラシックな「風説の流布」だとすれば、現代版はもっとスマートだ。見てきたようなウソの一発勝負にかけるのではなく、M&Aの乱発で投資家を引きつける。たとえば新興市場には、1カ月で1社のペースでM&Aを繰り返す企業がある。IT系特有の「カネで時間を買う」という発想だが、そのスピードは尋常ではなく、「株価のためのM&A」というしかない。
この会社をX社としておこう。業績不振で倒産しそうだったX社は、わずか2年で株価も時価総額も10倍にするという「偉業」を成し遂げた。ただ、業績が上がったわけではない。相手先を精査する時間的な余裕がないM&Aは、売上高という嵩は増やすが、肝心の収益には直結せず、中途半端に終わる可能性が高い。X社もそうだった。
では、それをなぜ悪材料にされることなく、株価と時価総額の右肩上がりを達成できたのか。X社の退職役員が「秘訣」を明かす。
「増資の引き受け先と組むんです。Xの場合は、関西のパチンコ関連業者を含むグループでした。そうした連中に、M&A先企業のテコ入れを依頼する。たとえば合併の直前、経常収支がクロになるよう『何か』を発注、見せかけの企業価値を上げるわけです。もちろん、支援企業にしてみれば不必要な注文だったかも知れませんが、株高というメリットになって返ってくる。キャピタルゲインが初期投資のロスなど吹き飛ばします」
(後略)