(前略)堤氏は、その発想も行動様式も「日本型システムの権化」のような人である。
たとえ株式を公開していようが、西武鉄道は「俺の物」である。情報開示などハナから頭にないし、投資家のことなど考えたこともあるまい。マスコミの監視がうるさいからコクドの持ち株比率は50%以下に押さえて経営内容は非公開にし、そのコクドを支配することで「堤帝国」を永遠のものとする。
堤氏とて、時代の流れとは無縁ではいられないから、松下電器産業のリストラ、ダイエーの崩壊に象徴されるように、「企業の形」が変化していることに気づいてはいたろう。だが、古希を迎えたワンマンに発想の転換ができるはずもない。
その企業体質にメスが入れられたのが、今年3月に摘発された利益供与事件だった。総会屋の芳賀竜臥被告に、西武鉄道の伊倉誠一専務(当時)らが、土地取引を装って利益を与えたという商法違反事件は、同社が「不祥事は隠し、トラブルは密かに処理したい」という旧態依然の体質であることを示した。
いかに「企業の形」の改善が求められているとはいえ、利益供与事件は繰り返し引き起こされており、西武鉄道だけの問題ではない。ただ、西武鉄道にある「堤会長に傷をつけてはならない」という感覚は、このグループに特有のもので、それが堤氏の会長退任の遅れ(事件化は3月1日で退任は4月14日)につながり、社会的批判を浴びた。
そして、この事件をきっかけに国税を始めとする関係当局にもたらされた内部告発が、今回の問題につながったという。
「現役やOBがコクドに名義を貸し、西武鉄道の架空株主となっている、という告発でした。内容は詳細で、違法行為は明白だった。堤辞任までに時間がかかったのは、連結売上高が4200億円近く、従業員1万6000人を超える企業グループだけに影響が大きいうえ、堤氏の社会的地位もあって、関係当局の調整に時間がかかったためです」(国土交通省関係者)
「調整」の具体的内容は不明ながら、すべての役職を退いた堤氏は、「これで勘弁してくれ」と、全面降伏したつもりだろう。
だが、堤氏の思惑通りにはいきそうにない。監督官庁の国土交通省、証券取引等監視委員会が、刑事告発を視野に入れた調査を開始している。40年もの間、東証と投資家を欺き続けた企業のトップを、「辞任」だけで許すわけにはいかず、告発を受けた東京地検特捜部が捜査着手する可能性は十分だ。
折から西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載の発表前に、コクドが西武株を大量売却していた問題で、インサイダー取引疑惑も浮上してきた。
さらに堤氏には、懸案の税金問題がある。かつて雑誌『フォーブス』で「世界一の大富豪」となったこともある堤氏だが、「税金を払わない実業家」として知られている。
コクドを核とした閉じられた集団は、グループ間を複雑に資産移動させ、利益の付け替えなどもやっており、その「税金を払わないシステム」が完全に解明されたわけではないが、ひとことで言えば、借金を重ねることで利払いの負担を多くし、営業利益を相殺することで税金を払わない。
日本オリンピック委員会名誉会長など数々の公職に就き、知名度が高い堤氏が「確信犯」として税金を払おうとしないことに、国税当局はかねて苦々しい思いを抱いており、堤氏は「マークすべき財界人」の筆頭だった。刑事告発が、国税当局の主導でなされることも考えられる。(後略)