「抗生物質投与の性急な廃止は、国内畜産を崩壊させることにもなりかねない」(井坂正勝・全農飼料畜産中央研究所長)
「抗生物質の乱用は耐性菌問題という深刻な事態を引き起こしている」(八竹昭夫・全国獣医事協議会副会長)
政府の食品安全委員会が8月2日、東京・都市センターホテルのホールで開いた「耐性菌問題」をめぐる意見交換会は、薬漬け畜産の是非をめぐる討論会のようだった。
いま畜産業界を揺さぶる耐性菌問題とは何か。本当に、抗生物質なしに畜産は成り立たないのだろうか。
ペニシリンの発見によって世に出た抗生物質は、私たちを感染症から守ってくれる特効薬だ。ところがこの薬には決定的な弱点がある。対抗手段を身につけた(つまり抗生物質が効かない)耐性菌を必ず生み出すのだ。
MRSA(メチシリンという広く使われる抗生物質が効かない黄色ブドウ球菌)や、VER(バンコマイシンという強力な抗生物質が効かない腸球菌)が、代表的な耐性菌だ。これらが病院で免疫力の弱った患者に感染すると大変なことになる。効く薬がないので、死に至ることも多い。
耐性菌は市中にも広がっている。かつては抗生物質ですぐに治った子どもの中耳炎が、最近はなかなか治らない。原因となる肺炎球菌が耐性を身につけた結果だ。
耐性菌の増加を止めるには、病院、家庭はじめあらゆる場面で抗生物質の使用を抑制することが必要だ。その場合、畜産や養殖で使われる抗生物質も例外ではありえない。一般にはあまり知られていないが、人に対するよりはるかに大量の抗生物質が動物用に使われているからだ。
食品安全委員会のまとめによれば、日本で人の医療用に使われる抗生物質は年に520トン。これに対し動物用はその2倍以上の1290トンにのぼる(その他、農業用などに400トンが使われ、年間総使用量はざっと2200トンになる)。
動物用の内訳をみると、成長促進のための「飼料添加物」が230トンに対し、病気の予防や治療のための「動物用医薬品」が1060トン。医薬品の方が圧倒的に多い。
近代の工場式畜産は、抗生物質をエサに混ぜて大量に投与することによって成り立っている。
たとえばブロイラー(食用若鶏)である。40年前には誕生から出荷まで80日程度かかっていたが、今は60日弱(効率をより追求する農場では40日弱)で出荷される。生まれて間もない時期に、身動きもできない狭い鶏舎でエサを与えられて急成長させられるから、病気になりやすい。1羽でも感染すると、またたくまに広がる。そうした感染予防に抗生物質が必要になるわけだ。
先進国の畜産で抗生物質の使用が始まったのが1960年代。間もなく、家畜の体内にいる菌が耐性を持ち、それを食べたり、料理したりした人間に悪影響を及ぼすのではないかという懸念がでてきた。「ヒト用の抗生物質を動物に投与しないように」という勧告が、早くも69年に英国の国会に提出されている。(後略)