逮捕数日前まで、「食肉のドン」は余裕の表情で周辺にこう語っていた。
「大丈夫や。心配することあらへん。ワシはなんもしとらん」
横山ノック、太田房江と続いた大阪府知事を完全に牛耳っているという自信、捜査情報が瞬時に耳に入ってくる府警人脈、そして自分の頼みを断りきれない府議や国会議員たち――。
検察、警察、国税といった関西の捜査当局の執拗なマークを、巧みにかわしてきた「食肉のドン」は、今回も「鉄壁の防御体制」で逃れるつもりだった。
しかし大阪地検特捜部が主導、大阪府警捜査二課が一〇〇名以上の捜査員を全員投入する意気込みにあって、逮捕直前、「ドン」はこうつぶやいたという。
「あかんかった。奴らワシだけが狙いやないようや」
四月一七日の浅田満・ハンナン元会長(六五歳)の詐欺容疑での逮捕は、関西に激震をもたらした。
「同和の力を背景に、山口組にもパイプを持つ一方、牛肉流通を押さえ、行政や捜査当局にも影響力がある浅田さんは、関西ではアンタッチャブルでした。彼の逮捕などありえないと思っていた」(大阪府議会関係者)
浅田容疑者の逮捕は二度目である。今から一六年前の一九八七年一〇月、特殊法人畜産振興事業団(現・農畜産業振興機構)の食肉部長に現金を贈った容疑で逮捕されている。
しかし、この逮捕は警視庁。当時の捜査関係者は、「東京の警視庁だからこそ摘発できた事件だった」という。
「浅田との間にしがらみがあったら、同和利権が絡む複雑な牛肉分野には切り込めなかったと思う。捜査を通じてつくづく思い知ったのは浅田の府警や府議への人脈。それだけに、今回、府警はよくやったと思う」
逆にいえば、それは浅田容疑者の「ドン」としての影響力の低下である。
浅田容疑者が築き上げた各界へのパイプと食肉流通支配の構図が変わったわけではない。だが、「ドン」を取り巻く環境は、この一〇年で様変わりした。
まず同和行政は、二〇〇二年三月の同和対策事業特別措置法の期限切れを機に、同和問題を「特別枠」で考えることがなくなった。
次に食肉流通は、牛肉自由化の浸透で、ハンナンが規制時代のような特別な権益を握ることがなくなっていた。
また、鈴木宗男元代議士の逮捕、野中広務自民党元幹事長の引退、と浅田容疑者の政界パイプが細くなったことは否めなかった。
さらに、三年前に摘発された大阪府の公共工事をめぐる汚職事件で、浅田容疑者と親しい岡田進元府議会議長が逮捕されるなど、行政への影響力も低下した。
これは、浅田容疑者が「タブー」でも「アンタッチャブル」でもなくなったことを意味する。(後略)