首都圏に水は余っている。敗戦直後に発生したような洪水被害も、いまや予測されない。なのに、日本で最もカネを食う巨大ダムを利根川の上流に建設する計画を、国土交通省は中止しようとしない。投じられる約九〇〇〇億円の半分は国費、つまり国民の税金から出され、残り半分は東京都と周辺五県の住民が税金か水道料金の形で負担する。こんな無駄遣いが強行されようとしているところに、「土建国家」がなお生き残るこの国の現状が露呈している。
このダムは、首都圏から草津温泉や北軽井沢に向かう途中の群馬県長野原町に計画されている八ツ場(やんば)ダム。利根川の支流・吾妻川が美しい渓谷を流れ、川原湯というひなびた温泉街がある。そこに高さ一三一メートル、幅三三六メートルのダムを築き、一億七五〇万トンの水を貯めようというのだ。
計画は五二年も前の一九五二年に公表された。地元の人たちは激しい反対運動をしたものの徐々に考えを変え、二〇〇一年に長野原町の交渉委員会と国交省が補償基準に調印した。以後、住民と個別の補償交渉が行われる一方、道路の付け替えなど周辺工事が進んでいる。
八ツ場ダムはなぜ必要なのか。
第一の理由は東京、埼玉、千葉、茨城、群馬の一都四県に都市用水を供給することだ。たしかに当時は水が足りなかったかもしれない。しかし、構想から半世紀もたって事情はすっかり変わってしまったと、市民団体・水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之・共同代表は指摘する。
東京都を例にとれば、水道給水量は最近一〇年間で日量一〇〇万トンも減少し、いま五三〇万トン程度になっている。人口は多少増えたが、節水機器の普及と漏水防止対策によって一人当たりの給水量が減少の一途をたどっているからだ。一方で水源開発は進み、東京都は多摩地域の地下水も含めると約六八〇万トンの水源を保有している。つまり東京都には日量にして一五〇万トンもの水源を余分にもっているわけだ。首都圏全体でも同じ傾向で、人口が減少に転じるこの先、水余りはさらに顕著になろう。
何年かごとに起こる渇水への備えに、ダムは有効だろうか。実は渇水時の利根川の流量維持にダムの果たす役割はそれほど大きくない。渇水への対応策としては、ある程度の代償を払って農業用水から一時的に融通を受けることや、地下水の利用を拡大することなどの方がよほど有効だ。(後略)