記事(一部抜粋):2001年5月掲載

経 済

企業研究東京海上火災保険

仰天社長交代劇の舞台裏

 東京海上火災保険の本社役員室は二二階と二三階にある。社長室は二三階にあり、この部屋は皇居が見渡せる絶景の場所にあることは想像に難くない。社長室の前に立ち絨毯の右下を踏めばドアは自動的に開くようになっていた。−−石原邦夫代表取締役専務がドアの右下を踏んで約三〇坪はある広い社長室に入ったのは三月下旬の週末のことだった。
 樋口公啓社長は口頭でこう伝えた。「河野会長も了承しているが、六月の株主総会を機に石原専務に社長をやってもらう。僕は会長に、会長は相談役に退かれる」。石原専務は一瞬絶句した。これまで三期六年が社長在任の慣例であり、樋口社長は任期を一年も残していた。しかも、次期社長は勢山廣直専務であることは既定事実であり、役員全員の合意であったはずだった。石原専務の抜擢は勢山専務を飛び越えるだけでなく上席者七人をゴボウ抜きにした異例の大抜擢だった。
 東京海上の最高意思決定は緊急を要する案件以外については毎週火曜日に「経営会議」と称する幹部会で決定される。場所は二四階の役員室だ。だが、この人事は「経営会議」に諮られていない。最高実力者、河野俊二会長と樋口社長の二人だけで決められたるかもしれない。しかも六月の株主総会を待たず、三月三〇日という唐突な時期に、なぜ社長交代という大事を発表したのか。
 三月一九日深夜、いや正確には二〇日午前〇時を回っていた。ある役員の自宅の電話が鳴った。TBSの「NEWS23」を見たというある全国紙の経済部記者からの取材だ。
「TBSのスクープとやらを見たので一応確認です。七年前の平成五年(一九九三年)に起きた投資子会社がデリバティブ取引で約五〇億円の損失を発生させた一件の事実関係をお尋ねしたい。またその事実を会社ぐるみで隠蔽したのは本当かどうか。事件の直接の責任者である国際投資部元部長を処分なしで依願退職したということですが、事実なら口封じですか?」−−矢継ぎ早の質問に、寝入り端を起こされたこの役員は、最初何のことを言っているか分からなかった。とにかく二一日に広報部が対応するからとだけ言って受話器を切った。さっきから二本ある携帯電話が鳴りっぱなしだったのが気になって、取材に答えるどころではなかったからだ。 その携帯は社からのものだった。「明日(二〇日)は休日で恐縮だが、至急対応策を検討したい」という広報部からの電話だった−−。
 以上は三月中旬から下旬にかけて東京海上の中枢で起きた出来事を一部想像を交えて描いたものだ。
(後略)

 

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