記事(一部抜粋):2000年8月掲載

政 治

再登板ねらう「橋龍」の勝算

加藤に政権を渡すぐらいなら…」

 元首相、橋本龍太郎が旧小渕派の会長に就任し、橋本派が誕生した。一九九八年の参院選敗北で首相の座を降りてからまる二年。政局の表舞台から遠ざかっていた橋本は、自民党最大派閥の領袖となって、再び政局のキーマンに浮上した。橋本派、衆参合わせて九八人の力は侮れない。森喜朗が政権を投げ出す事態が来れば、橋本がポスト森の一番手になる可能性がある。橋本が苦労の多い会長職を「首相経験者が、なぜいまさら」と言われながら敢えて引き受けたのは、その可能性に賭けたからにほかならない。
「丸くならないといけないな」−−派閥会長就任が決まった後、橋本は周辺にそんな呟きを繰り返している。政策には強いが、これまで閥務にはほとんど携わってこなかった。現在当選一、二回の派内若手の面倒をみてきたのは、ほとんど幹事長の野中広務。だから橋本には、子分といえるような議員は一人もいない。「怒る、威張る、すねる」。時に批判されるこれまでの態度を変えなければ派閥会長は務まらない。そんな自覚が自戒の言葉を吐かせているようにとれる。
 だが、橋本の目的は会長職を無事に務めることにはない。野望は、再度の首相の座にある。それでなければ「煩@で負担の多い派閥会長など、いまさら務めない」(自民党幹部)というのが常識的な見方だろう。
 橋本は首相の座が再び狙えると確信しているに違いない。だが、置かれている立場は、自分が思うよりは厳しい。「会長の座は、うかうかしていれば、放り出される可能性が十分ある神輿」(同派中堅)でもあるからだ。
 旧小渕派内で会長に橋本を担いだ中心勢力は、前会長の綿貫民輔、会長代理の村岡兼三、派閥事務総長の野呂田芳成ら、潜在的な反野中勢力だ。野中が小渕内閣の官房長官を青木幹雄に譲り幹事長代理に復帰するにあたって表面化した派内の亀裂は、一応沈静化している。しかし解消してはいない。その証拠に、野中らは当初、橋本の会長就任に反対した。
 最終的に野中らが了承したのは、綿貫が衆院議長に就任するに伴い、「後任会長は派閥の団結を考えれば橋本以外に適当な候補はいない」という村岡らの主張を飲まざるを得なかったからだ。
 自民党の派閥会長は総裁・首相を狙うものとされてきた。そうでなければ派閥の求心力は生まれてこない。しかし、同派にはポスト森を狙えるような候補はいない。元防衛庁長官の額賀福志郎、元運輸省の藤井孝男、元北海道・沖縄開発庁長官の鈴木宗男の三人が将来の総裁候補とされる。だが、ポスト森を狙うには「まだまだ経歴不足。とても勝負にならない」(同派幹部)。
 当初は橋本の会長に反対した野中は、間もなく、幹事長として森政権を支える立場として、最大派閥が分裂するなどの政局混乱は困ることに気づく。竹下登、小渕恵三の重鎮二人を失った今、橋本の会長就任を拒否し続ければ、野中が事実上の取りまとめ役となり落ちこぼれ覚悟で新たな派閥に衣替えするしか方策はない。多忙をきわめる七四歳の野中には、それはあまりにも重荷だ。
(後略)

 

※バックナンバーは1冊1,100円(税別)にてご注文承ります。 本サイトの他、オンライン書店Fujisan.co.jpからもご注文いただけます。
記事検索

【記事一覧へ】